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『黒鳥城』は大人編に行ってしまったんですが、友達にもっとねっちりと子供編が読みたかったといわれました。これは番外編でやるかな?
とにかくも拍手返信です。

12/6
黒鳥城とおかしな人々面白かったです。ありがとうございます >
いえ、こちらこそコメントありがとうございます(拝
ライトノベルはなれないんでどうもぎこちなくなるというか、文体がライト向けじゃない! と試行錯誤なんですが、エールをいただけると励みになりますね。ヨタカ、これからのレギュラーメンバーです。ポロリ要員です。可愛がってください。(笑

「大奥」関連の日記を読んで共感できる部分が多々ありました。>
日記のほうへの反響、ありがとうございます。穴だらけの理論ではあったんですが私家版やおいフェミニズム論に共感していただけたようで嬉しいです。しかし、作家読んでらっしゃるとはTONOさんもでしょうか。まさか『ネムキ』お好きですか? だったらうれしいな(笑
なぜやおい、っていうのだと、女性性の不在っていう意味で、やっぱり自分自身の女性性っていうか、世間で用意されてる『女の子はかくあるべし』という像になんらかの形で適合できないっていう理由は必ずあると思っています。人に言った話なんですが、そこで『女だったらミニスカを履くのがモテの道!』といわれて、『うるさい私はジーパンをはく!』っていうのがフェミ、『それよりゴスロリ/ピンハのが可愛い』といっちゃうのが腐女子だと思うんですよね。実際着るかどうかは横に置いといて。(ゴスロリフェミニストってのもいるかもしれないし)
男女の間の対等性の悩みってのは、けっこう汎的なもんだと思いますよー。昔、どこぞのフェミニスト(元少女小説家)が「男の子が紅茶をいれるシーンを書かせてもらえなかった」っていう悩みを打ち明けてましたが、そういうシンプルなことに悩んじゃう、ある意味とても素直な女の子こそが女性性に悩むのかもしれません。
翻って私事を言わせて貰うと(苦笑)、私は人間関係全般にかなり悩みがあります。食人、虐待のモチーフを繰り返し書かないとやってられないのは「誰かとの究極的な同一化」と「誰かへの暴力」の狭間に挟まってぐるぐる回ってるせいかなー、って気がします。食人は究極の暴力と究極の同一化の表れですが、最終的には暴力で終わります。食っても自分のものにはならないわけです。自分は、自分になら暴力を振るえますが、他人には振るえません。こういうコンプレックスが見事に出てきちゃうのが創作の怖いところですね。


ちょっとレスからはずれますが……


やおいに出てくる恋人関係ってのは、保護者/被保護者のアナロジーだっていう話はどんなヤオイ論にも出てきます。攻は万能の保護者であり、受はそれに無限に保護され続けられる存在。逆の場合もあります。
そして、そこに見られるのは、愛されることへの限りない渇望です。
可愛いから/いい子だから/モテ系だから、愛されるのではなく、『あなたがあなただから』愛されるということへの欲求。これって男女間の愛というよりも、保護者/被保護者間での愛です。保護者は子供がいい子だから愛するのではなく、その子が自分の子だからという理由で愛することを求められます。どんなに悪い子であっても見捨てない、という前提がそこに理想されます。
ただ、まあ、現実はそんなに甘くないわけであって。
親だって一人の人間なんだから、子供が悪いことしたらうんざりするし、予想通りにならないと嫌になるし、反抗されれば時に殺害に至ることすらあります。(日本は伝統的に親殺しよりも子殺しのほうを容認する文化圏だそうです)
で、男女間の愛情だと、相手に対して『ベイビー』と呼びかけることからも分かるように、ある意味だと親子関係の愛がそこに反復されます。夫婦だと相手のことを『おかあちゃん』『パパ』などと呼ぶことも珍しくないように。男女間の愛情ってのは、どこか一部に親子間の愛情のコピーを含むのです。あくまでそれだけではありませんが…… でも、親子関係以上に裏切られるのが男女間の関係であることは言うまでもありません。恋人関係ってのは対等な社会的人間関係であって、血で縛られた親子関係ではないのですから。
でも、やおいは理想の保護者/恋人を夢見ます。性的に放埓であっても、自傷に耽溺した病んだ自己であっても、そこに抱いた限りない孤独をいつか見つけ出し、「さみしかったね、これからはずっと傍にいてあげるよ」とささやいてくれる相手を夢見る。そして二人はいつまでも幸せでした、という物語を夢見るわけです。ヤオイが非常にモノガミー的(一穴一棒主義、ってヤツですね)といわれるのはこのあたりの理想の所以ではないかと。
基本的にはそこに『実際には愛されない現実の自分』さえ入りこまなければいい、というのがヤオイの本質じゃないかな? と私は思ってます。男性でなくてもいいんじゃないか。『女性』じゃなければ。でも、人間である以上、女性じゃなければ男性です。そこでやおいは男であり続けるんであって…… 受の『女体化』が一部で嫌われながらもしつこく人気を持ち続けるのも、実際は『そこに私のいない物語』であれば男だろうと女だろうと許せる、っていう思いの出現ではないかと。
女性ってのは可愛ければ/家事が出来れば/セクシーであれば愛される、という物語ではなく、たったひとりの誰かがたったひとりの私を見つけ出し、その孤独を癒してくれるだろうと夢見るのがヤオイで、けれど、自分自身は絶対にそんな夢物語の主人公にはならないであろう、とも思うのが腐女子じゃないかなーと思います。事実結婚もする。子供も産む。でも、そうやって現実と適応してても、心のどこかで「私を見つけてくれる誰か」を夢見続けるのが腐女子じゃないかな、と思うのです。
これって『男女間の関係で女性に期待される部分を懐疑する』って部分がフェミニスト的だけど、後半の幻想を捨てきれない以上、フェミニストにはなれないってのはこういう理由じゃないですかね。フェミニストは後半の『誰かが私を見つけてくれる』という理想を捨てなさいと迫りますから。

上手くまとまらないなぁヤオイ論。この辺は野火ノビタ『大人は判ってくれない』あたりを読んだら判りやすいかもしれません。でも、まあ、そのうちまたやります。ただ、私は本質的にはロリコンであって真性の腐女子じゃないんでちょっとずれるかも。

 

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