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拍手について……
いえ、なにか叩いてくださった方々に不備があるっていうわけではなくて、純粋にこっちの問題で返信ができないんです~。ごめんなさい!
いただいた意見はしっかりと拝見させていただいておりますv いつもありがとうございました。


で、例のアレの続き。


*********



 玉の井の町には、東京の雑多な下町にあるようなものは、たいていある。小学校、交番、診療所から、八百屋、魚屋、コンビニまで。ただ、この町にはちょっとだけ他の町とは違うところもある。……大昔、いわゆる『赤線地帯』だった名残のせいか、風俗営業関係の店がやたらと多いのだ。
 町を歩いていれば、まだネオンが無かった当時としては精一杯にハイカラだったんだろうタイルモザイクの鮮やかな店がたくさんあるし、『花柳界』の名を仮にも背負っていたせいだろう、柳や桜の木が、そこらじゅうの街角に植えられている。とはいっても、本当の風俗街である新宿あたりが近いせいもあるんだろう、いわゆる『直球』のお店はほとんどない。玉の井でお金を落として言ってくれるのは、たいていはそういったところで遊んで帰ってきたお兄さんたちや、派手な水商売だと逆に疲れてしまうといったお年頃のお父さんたちだ。ノビが通学路を歩いていく頭上にも、『バー』だの『スナック』だの、あるいは『クラブ』だのといった文字のおどった看板が並んでいる。夜になれば派手に点灯する看板も、今はおとなしく眠っているようだ。
「おはよ、ノビくん」
「あ、しず香ちゃん」
 てくてくと歩いていると、ふいに、ぽん、と後ろからランドセルを叩かれた。振り返ると、ファーのついた可愛らしいコートの少女がにこにこと笑っている。茶色っぽい髪の二つお下げ、大きな目。級友の源しず香。
「なんか、入学式の前になって、いきなり寒くなっちゃったね」
「うん。……なんか、天気予報が雪って言ってたよ」
「嘘だあ」
 しず香はけらけらと笑う。一見の『お嬢さん風』の容姿と違って、彼女はけっこう活発な子なのだ。
「新しい先生、誰かなあ」
「でも、どうせクラスのメンバーは同じでしょ。なんか代わり映えがしなくてつまんないよね」
 はあ、としず香はわざとらしくため息をついてみせる。
「どうせだったら、あたらしい転校生とか来ないかなあ。六年間同じ顔ばっかりって、なんか、どっかの田舎の学校みたい」
「あはは、そうだね」
「本気で聞いてるのぉ?」
 白い指を伸ばして、冗談のようにノビの頬をつねる。ノビは苦笑した。
「だってさ、今年もあたしでしょ、ノビくんでしょ、優でしょ、出来杉くんでしょ…… 何かこう、新しい出来事ってのがほしくならない?」
「平和が一番だと思うな、ぼく」
「……少年は荒野を目指すべきだとおもうよ」
 キミは少年らしくない、とまたほっぺたをつねられる。あはは、と苦笑してまたノビは謝る。学校が近くなってきても、ランドセルの人影はあまり増えない。そもそも、ノビたちの通う玉の井第一小学校は、生徒の数がとても少ないのだ。
 このあたりの土地にはまだ再開発の手も伸びない。古びた三階建ての建物や、雑居ビルの類が立ち並んでいる。彼らの学校はそんな古びた建物たちに埋もれていた。
 それからもうちょっとばかり歩いていくと、やっと、ランドセル姿の子どもたちの姿が散見されるようになってくる。中には肌の色の違う子どもたちも珍しくない。このあたりで働いている外国人労働者、出稼ぎのホステスの子どもたちだ。けれど、そんな彼らも加えても、学校の生徒の人数は、総数で180人前後にすぎない。一学年に付き30人前後のクラスがひとつ。学校の部屋もあちこちが空になっている。
 狭苦しい校庭の隅だと、毎年咲き遅れのしだれ桜が、きれいに花を咲かせていた。ちょうど入学式、始業式の時期にあわせてくれるから、この桜はけっこう評判がいい。寒風に吹かれて、ソメイヨシノよりも幾分濃い色の花びらがゆれている。その下で誰かがランドセルを放り出して鉄棒で遊んでいた。小柄な少年。誰かを見分けて、ノビは、にっこりと笑う。
「おはよー、ジャイアン!」
「うおっ? ……あ、ノビかー」
 うっかり鉄棒から落ちそうになって、それから、なんとかくるりと戻ってくる。褐色の肌と、くっきりした二重のアーモンド・アイ。体格だと、たぶん、二つは学年を下に見ても可笑しくはないだろう。それでも彼も今年で五年生になる。剛田優。
「おはよ、優」
「……源か」
 身軽に鉄棒から飛び降りた優は、じとっとした目でしず香を見た。
「お前、まだ俺との約束を守る気にはなんないのか」
「おーほほほ、なんのことかしらぁ、優ちゃん?」
「その名前で俺を呼ぶなぁ!」
 優はランドセルを振り回して怒鳴る。しず香は笑いながら逃げていった。ぶう、と膨れた優の頭は、せいぜいがノビの耳の辺りまでしかない。剛田優…… 彼は、どこからどうみても、『小さい』少年だった。
 苦笑しながら見送っているノビのほうにくるりと振り返る。彼は、じとっとした目でノビを見上げた。
「……お前はちゃんと分かってるだろうな、去年の約束」
「っていうか、公約?」
「コウヤク? ……と、とにかく、俺は今年こそ、決めたんだ!」
 びしっ、と優はノビを指差した。
「名実共に、今年こそ、俺はジャイアントな男になるぜ!」
 ―――ジャイアントな男。見た目、誰よりもコンパクトな彼の、それは、口癖であり、ポリシーであった。
 ゆえに『ジャイアン』。それこそ彼の魂の名前である。……ただし、実際にそう呼んでくれる人間は、現在のところ、ノビひとりしかいない。
「それに、俺、身長が去年よりも3cmも伸びたんだぜ!」
「あはは、すごいねー」
「その口調、ムカつく。ノビの癖にーっ」
 優がランドセルを振り回して追いかけてくるから、ノビも笑いながら逃げ出した。コンクリートで舗装された校庭は狭く、子どもの足でもすぐに横断できてしまう。古ぼけた鉄筋コンクリートの校舎。ぱらぱらと登校してくる子どもたち。その上に、桜が散る。


 何時もどおりの日々の始まりだと、そう、信じていた。

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拍手の返信その他が遅れていてすいません。ちょっと最近、何か返信を書くのに悩むので……
お返事はだいぶん遅れるかもしれませんが、ぽつぽつお返ししていきたいと思います。
で、その間にでも、冗談を。

例の、S・F(すこし・ふしぎ)国民的傑作マンガをテーマにしたお話です。
……あくまでも、冗談ですよ?


*******

 朝、隣の部屋へとつながるふすまを開けると、見知らぬ男が壁際で寝ていた。
「……ママ?」
「んー……」
 冷静に呼びかけると、コタツで寝ていた母がもぞもぞと身じろぎをする。化粧がまだらにはげていて、なんだかちょっと幼い印象だ。それでもコンタクトレンズだけは外していたらしい。メガネ、メガネ、とコタツの上を探り、なんとか銀縁のメガネを探し当てる。
「あー、おはよ、ノビちゃん……」
「おはよう、ママ。寝るなら部屋に行けば?」
「ううっ、頭いたー。二日酔いー」
 ノビちゃん、ポカリー、と言われて、ノビはため息をついた。こういう状態の母に何を言っても無駄だろう、ということくらいは分かっている。たしか冷蔵庫にはいつものようにスポーツ飲料が置いてあったはずだ。床に散乱した服や下着をまたいで、あまり広くは無い台所へと行く。
 ……すずめの鳴き声が、ほのかな光と共に、窓から差し込んでくる。
 ビルの間の狭い路地。見上げる空を分断する電線。夜になれば色とりどりのネオンがきらめき、薄暗い闇を歩く人々でごった返す路地も、この時間には埃をかぶったミニチュアのように薄汚い。けれど、あまり日のあたらない狭い窓際でも、母が植えたマツバボタンやゼラニウムがけなげに頑張っているし、狭い台所はこれでもきちんと片付いている。たいがいの料理は下の台所で作るから、二階の台所はそれほど広くも無い。ノビはちいさな冷蔵庫からスポーツ飲料のペットボトルを引っ張り出し、ついでに、海苔のツクダニを冷蔵庫から掘り起こし、トースターにパンを放り込んでおいた。バターを塗ったトーストに海苔のツクダニ。ミスマッチのようだが、これがなかなか美味しいのだ。
「ほら、ママ」
「ありがと、ノビちゃん」
 スポーツドリンクを受け取った母は、ふにゃりと笑い、起き上がった。母はまだまだ若い。客観的にみてもそれなりには可愛い。これでも理性があったのか、上半身には大きめのTシャツを着込んでいた。おそらく昨晩着ていたんだろう紫色のドレスは、床のすみっこでおとなしく丸まっている。
 うー、だの、あー、だのと言いながらスポーツドリンクをごくごく飲んでいる母の横で、ノビは台所に戻り、冷めて味の沁みた煮物を皿に盛る。チン、と音がしてトーストが焼けた。たっぷりと塗りつけたバターが金色にとろける。念のためを思って母の分も焼いておいた。「食べる?」と声をかけると、「食べるー」という返事が案の定、帰ってくる。お盆に煮物と海苔トーストを盛って盛っていくと、母がずるずると起き上がってくるところだった。髪にひどい癖がついている。いただきます、とノビは手を合わせ、いただきますーと母はふやけた声で言った。
「ああー、ノビちゃん、さすがあたしの息子ー。美味しいー」
「ママ、冷静になって。それ、ママの作った煮物」
「……あれ、そうだっけ?」
 今は寝ぼけてはれぼったいが、メガネの向こうの目は、ほんとうはつぶらで可愛らしいのだ。ノビはそれを知っている。可愛い童顔をした母親は現在28歳。もともとめったに家に帰ってこない父が留守にして、2ヶ月。―――ノビの家庭は、母の玉子と、息子のノビとの二人暮しだ。
 二人の家は2LDK。母と父が布団を敷く12畳の部屋と、ノビが寝起きしている6畳の和室。その上には物干し兼屋上があり、下には『スナック・エトワール』の店がある。母の仕事はスナックのママ。いわゆる、一種の『健全な』風俗業というヤツである。
 時計の針がカチリと音を立てる。7時。そろそろ、学校に行かないといけないころだ。
「ところでママ……」
 さて、とノビは思った。
 ―――いい加減、問いたださねばなるまい。
 自分はさっさと海苔トーストを食べ終わり、もそもそと煮物を食べている母に、切り出した。
「あれ、誰?」
「ん?
 それは、壁際で眠っている、一人の男であった。男というのは誤りだろうか。まだ小学生のノビには年齢は図りがたい。
 ―――おそらく、立てば身長は190cmにも近いだろうという、大柄な男だった。おそらく、まだ若い。
 何かケミカルな素材のパンツと、ごついワークブーツ。上に羽織っているジャケットもなにやら大仰な代物で、なんだか、SF映画にでも出てくる未来人と、戦争映画に出てくる兵士を一緒くたにしたみたいだった。うつむいているから顔は良く分からない。けれども何よりも問題なのだろうと思うのは、その髪の色であった。
 青いのだ。
 まるで南国の蝶の羽のような、プラスチックのような、鮮やか過ぎるケミカルな青。
 その髪が長く伸び、背中の辺りで無造作にくくられている。顔は見えない。だが、喉には何かのタグのように、大きな鈴がぶらさがっているのがみえた。……ありていに言っても、何者なのかを判断しがたい容姿だった。学生にはとても見えないし、かといって、『そっち系』の人にも見えない。ノビが知っている中では、いかなる系統にも分類しかねる容姿。
「えーっと、お客さん?」
「……ママ、適当なお客さんを家の中に入れるの、やめようよ。女の人ならともかくさ、ウチってただでさえ、ぼくとママしかいないのに」
「ううん、たぶん悪い人じゃないよー」
 まったく説得力の無い母の言葉を聞きながら、ノビは、警戒気味に男のほうを見る。
 ……息、してるよね?
 いやだが、いくらなんでも真っ青に髪を染めた若い男、なんて生き物が、いきなり家で死んでるとは思いがたい。というか、思いたくない。バカらしい青い髪に隠されてよく見えないが、顔立ちは鋭角的で、けっこう整っているように見えた。いわゆるロック関係の人とか、ビジュアル系の人ってやつだろうか。それにしては体つきがゴツいけど。
「なんて人?」
「ええと…… ドラちゃん」
 母のさまよいがちな視線の先には、テーブルの木の盆に盛られた『ドラ焼き』があった。……はあっ、とため息をつくと、ノビは傍らにおいてあったランドセルを引き寄せる。
「じゃあ、その人が起きたらさっさと追い出して、それからママもお風呂に入ってちゃんと寝てね。今日の仕込みだってあるんだし」
「はいはーい。ノビちゃん、まるであたしのおかーさんみたい」
「ママが子どもっぽいのがいけないんだよ。じゃあ、ぼく、もう行くから」
「行ってらっしゃいー」
 母がきれいなライトストーンに彩られた爪を、ひらひらと振った。ノビは苦笑しながら手を振りかえし、数歩でたどり着ける玄関で、ズック靴を履く。その拍子に、玄関の鏡に、なんとなく自分の顔が映りこんだ。
 線の細い、おとなしそうな顔立ち。細いふちのメガネ。黒髪。とりたてて言うことの無い…… 強いて言えば、あんまり発育のよくない、小学生の少年の顔。
 野比田ノビ、10歳。
 ―――今日から、彼は、小学五年生だ。

 

最近、吸血鬼が熱いです。
……と、言われても、私が吸血鬼だと言われているとかそういう理由ではありません。

短編小説とかを読んでいて、吸血鬼テーマの話って面白いのが多いなぁ! って話ですよ。
そういうことになったのは、もっぱら、アンソロジー『死の姉妹』を読み返してみたら、ものすごく面白かったという理由によります。
同じ文庫から出てる『魔法の猫』『不思議な猫』(双方、猫をテーマにした短編アンソロジー)がすごく面白かったので、なんとなく読み返してみたら、まぁ、名作が多いこと! こんな豊作のアンソロジーは、『20世紀SF傑作選』の『70年代編 接続された女』以来です。
特に面白かったのが、吸血鬼の恋人と再会した老人を描く小品『再会の夜』、”母親”たちを集めて不思議な共同生活を送っている少女吸血鬼の『ダークハウス』、そして、死の天使と見まがうような女吸血鬼の切ない放浪と母性を描いた『死の姉妹』が特に傑作。
『死の姉妹』は”吸血鬼”アンソロジーであると同時に、”女性”をあつかった作品を集める、という異色短編集です。上に上げた作品は、奇しくも、『恋人としての吸血鬼』『子供としての吸血鬼』『母としての吸血鬼』を扱っていて、何か、符号のようなものを感じますね。処女、母、老婆の三相は、女性を描くときのもっとも典型的な形ですから……
”吸血鬼”といいつつ、最近の作品だと、一般的な吸血鬼のお約束ってのは、もはやどうでもいいもんだと描かれてるなーと思わないでもないです。血を啜って生きる死者で、十字架を恐れ、太陽に滅ぼされ、杭を心臓に打ち込めば滅び、吸血によって感染する…… っていうお約束を踏まえている作品はほとんどありません。共通しているのは、彼女たちが”永世”を生きるということと、アウトサイダーであるということと、人間から何らかの糧を得ているという部分だけ。で、その糧って物自体が、そもそも血じゃなかったりするんだよなぁ、すでに。
ちなみに日本人の書いた作品で吸血鬼を取り扱っていてものすごく面白い作品、ってのはあまり印象に残ってません。マンガだと『ポーの一族』があるけど今見ると若干古い。日本人の場合、そもそも伝統的に”血”に価値を見出してこなかったから、似たようなテーマを扱おうと思ったとき、わざわざ”吸血鬼”というくくりにする必要がないということなんでしょうか。あえて”吸血鬼”を意識した作品は、なんとなく、違和感を感じる気がします。ただし”幽霊”を取り扱った作品は、やっぱり国産がサイコーだとも思う。(笑)
あと、若干ずれるけど、非常に面白かったのが『影が行く』に入っていた『吸血機伝説』。これははるか未来、人間が死に絶えた世界でちょっとしたバグから”吸血機”になってしまったロボットと、もはや地上最期の人間となってしまった吸血鬼が友情で結ばれるという話なんですが、おかしくもやがて切ない…… って感じで実にイイ。
いわゆる普通の吸血鬼モノってのには、私は基本的にあまり興味はありません。そういう意味だと吸血鬼よりもむしろフランケンシュタインの怪物のほうが好みだなぁ。でも、『吸血』、ひいては『食人』の切なさってのはものすごく好きで、そういう広義の吸血鬼モノに含めちゃうと、『チキタGuGu』とか、あとはギャルーゲだけど『アトラク=ナクア』とか『沙耶の唄』とかがいいなぁと思う。

最近、ちょっと自分の中で考えている”吸血鬼”があります。
基本的には伝統のどのパターンにも当てはまらないので、なんとも命名しがたいのですが、「こういう”存在”の話が書きたいなー」みたいな。
たとえば『ストリーガ』、という生き物は、まあ、死の天使のようなもの。正確に発音すると『ストリゴイ』になるし、もしかしたら『グリム・リーパー』と言ったほうがいいのかもしれない。薄暮のなかに舞い、不可視のままに人の死と生を啜るもの。誰かの死の元に舞い降りては、彼らの命を摘み取り、その滋味を味わう生き物。
たとえば『エンプーサ』というのは、言ってしまえばメスのカマキリ。美しい女性の姿をしていて、人間の男と交わって子供を作る。けれども、子を成すためには、相手の男を食わねばいけない。
そういう”存在”を主軸においた話を書いてみたいなー、と思いつつ、なかなか料理が追いつきません。最近はどうも目移り気味でなかなか一本の話が書けないわ…… ダメダメですorz

 

『恋人を射ち堕とした日』


「目が覚めたか」
 少年が目覚めると、ふと、傍らから声がする。自分はどうしていたのだろう? 瞬間、分からなくなる。目の前で揺らめくのは揺らめく焚き火の炎、そして、膝を抱えて座った一人の女だった。
 女、と少年には見えた。だが、それは正確には誤りだったろう。彼女はまだ20にも足りない。黒髪を束ね、射手らしい革の胸当てをつけた、青い瞳の女だ。彼女は手を伸ばすと、少年の額に手を当てる。熱は無いな、と小さく呟いた。
「たいした傷も無いようだな……」
「あ、あの……」
 彼女が慌てて身を起こすと、体の上にかぶせられていたマントが落ちた。短く刈り取った麦わら色の髪。翠の目。まだ、たった13歳の少年。彼女は周囲を見回した。
 そこは、荒野だった。
 ヒースがどこまでも遠く波打ち、曠野には風がすさぶばかり。月すらない夜空には針の先で突いたような星がきらめき、近づいてくる凍てついた冬の足音を知らせていた。
「あの街からは、もう、二刻ほども離れている。安心しろ」
 女の声に、少年の体から、力が抜けた。
 ―――竜に焼かれ、滅び去った、王国。
 少年は貧しい孤児だった。王国が在ったときから変わらず、王国が滅び去った今も、尚。
 女は膝で枝を折り、焚き火に放り込む。ぱちり、と火が爆ぜた。
「私は用があってあの街に踏み込んだが、お前はどうしてあのような場所に居た? 以前は知らんが、今は魔物の徘徊する危険な廃墟だぞ。竜の放った瘴気に汚染されていて、動物たちも異形化している」
「お、おれ…… その、探し物をしたかったんです」
 女がわずかに眉を寄せた。少年はとつとつと語った。
「……あの街が竜に襲われたときに、その、……竜が、何か、鱗でも落したんじゃないか、って噂を聞いて……」
 少年は貧しかった。護ってくれる者の一人もなく、すがりつく手の一本も無いほどに。
 気付いた時には子貸し屋の赤子で、赤子と呼べぬ年にはこそ泥まがいのことを始めるようになっていた。同じような仲間たちは次々と死に姿を消し、目端の聞く子供たちだけが生き残った。……そして、その仲間たちも、王国が焼けたとき、皆、消えた。
「おれ、冒険者になりたいんです!」
 少年はぎゅっと手を握り締めて叫ぶ。女が眉を寄せた。少年は早口に言う。
「こんな生活してたって生きて行けないし、だったら、盗賊のギルドに入って、遠い土地に行きたいって思って…… それにはお金が必要で…… だから、竜の落し物があったら、ギルドへの加入金が作れるかなって思って!」
「……」
 女の青い目に火が揺らめく。感情は読めなかった。
「……なるほどな」
 やがて、ぽつりと呟くと、再び枝を折り、火に投じる。炎が燃え上がる。
「だが、無謀だ。何故冒険者たちがあの廃墟にクエストに行かないかを知らなかったのか?」
「え?」
「あの廃墟には、まだ、竜の呪いが残っている」
 呪い。聞いたことがあった。けれど、少年は笑った。強がるように。
「知ってます。竜に傷つけられたものは化物になるって。でも、それ、嘘でしょう? 『それぐらい竜が恐ろしい』って意味……」
「嘘じゃない」
 女の強い声が、それを、断ち切った。少年は驚きに眼を見開き、女を見る。女は硬い顔で炎を見つめていた。
「―――私は、その男を知っている」
「え……」
「勇敢な戦士だった。誇らしく、勇敢な、素晴らしい仲間だった。だが、今では見る影も無い」
 短い話をしようか、と女は、言った。
「かつて、呪竜と呼ばれる竜のすむ地があった。そこでは年毎にひとりの娘を竜にささげるのが習いだった。さもなくば竜は地を焼き人を食う。そしてその習いの通りに一人の娘が竜にささげられた。……だが、その年、たった一つだけ違っていたのが、ある男がその土地を通りかかったことだった」
 男は竜を倒した、と短く女は言った。
「だが、男は感謝もされず、石持てその地を追われた。男は生贄の娘を連れて逃げた。その地には伝承があったからだ。竜に傷つけられたものは、また、竜となると」
 少年はハッとした。女を見た。女は薄く笑った。炎が青い瞳に踊った。
「……5年だ。たった5年で、男は、人では無くなった」
「それって……」
 女は手を伸ばす。弓を取った。少年は目を見張った。それは爪月にも似たまばゆい白銀の弓。ピィン、と弦を爪弾くと、妙なる音色がヒースの野に響き渡った。
「竜を狩るには、決して傷ついてはならない。さもなくば己も竜になる。だから娘は弓を取った。そして、竜となってしまった男を追い続けている……」
 その過程で、半竜どもを狩りもした、と女は呟いた。
 まだ人の魂を残した半竜を、あるいは、心を失った哀れな怪物を、その白銀の弓と矢で、次々と射抜いていった。怨嗟と哀惜の声が女の背に常に付いて回った。『呪竜殺し』――― それは、勇者に名づけられる称号ではなく、厄病に侵された人々の命を刈り取っていく、銀の弓を持った死神に与えられる名だった。
「竜は疫病だ。傷つけられたものがさらに傷つけ、その呪いは広がっていく。男は生贄の娘を救うべきではなかったのだ。哀れまず、愛さず、救わなければ、このような災厄など起こらなかった……」
 少年は声を失った。
 女はかるく少年に笑いかける。そして、近くの包みに手を伸ばし、パンの包みを取り、二つに割った。片方を放る。そして、「食え」と短く言った。
「明日はお前を街に送ろう」
「お…… おれ……」
「連れては行かない」
 パンを取った少年がためらいがちに口に仕掛けた言葉を、女は、ぴしりとさえぎった。
「お前は子供だ。それに、私がもしも竜に傷つけられれば、次はお前が『私』になるだけだ」
 少年は言葉を失った。もう、何もいえるはずが無かった。
 ―――風が吹き、ヒースの荒野が、揺れる。
 冬咲きのヒースの野原。赤紫の花と、あざみの白い綿毛が入り混じる。星影だけの暗闇に、それは、暗い海がうねるかのようにも見える。けれども聖弓の射手の眼は、その闇にすら光を見分けるようだった。女はふと眼を細めた。炎が揺れた。
「……人を喪えば、花の色ですら、同じではなくなる」
 少年は思った。その男は、この女にとって、何者だったのだろうかと。
 ―――少年は、知らない。
 かつて、少年と同じ年齢だった女が、男の顔を見上げ、同じことを思ったということを。まったく同じことを、その背を追い、その孤独な命運に寄り添いたいとすら願ったということを。
「食い終わったら、また、眠れ」
 女の声は、やさしかった。
「今晩は、私がお前の眠りを護ってやる」
「……うん」
 ぽん、と手が頭を撫でる。それは乙女には相応しくない、聖弓の射手のたくましい手のひら。けれども少年はその向こうに幻視する。かつて小さく、竜となった男の後を追い、その手を握ろうと走った、小さな少女の手のひらを。少年は見上げる。どこか遠くを見つめる、女の、白い横顔を。


 ―――やがて、この少年が一つの物語の終焉…… 女がその恋人を射ち堕とした日を見届けるということすら、まだ誰も知らぬ、夜。

 

**********


サウンドホライズン、『恋人を射ち堕とした日』を聞きながらなんとなく想像。なんかこのおねーさんちっとも曲のイメージじゃない。曲のイメージだと可憐な少女なのに。でも、スパルタン的お姉さんが最近の好み。
―――だから連載を書けってば!!(自己ツッコミ)

 


小説仲間の方とサイトで連載している『暗黒童話』の設定について練っていたところ、非常に大規模な設定の変更を決定することになりました。
基本的には『童話なのに”アリス”が入ってないのはおかしいよね……』という話題だったのですが、世界設定そのものに『アリス』を叩き込んだところ、キャラクターレベル・世界観レベルで話がかなりちゃぶ台返しというえらい事態になりました。
でも、これで『アリス』もちゃんと出せますし、何人か決まらずに困ってた人の設定も決まったー。王子様の最終目的とか、あかずきんちゃんの現在の状況とか。
あと、”チェシャ猫”ピーターとか、ちょっと変わったキャラクターも何人か新しく設定されました。ピーターは『ピーター・パン』であると同時に『チェシャ猫』もであるのです。非常に素っ頓狂で面白いキャラなので、早く出してあげたいなぁ。山猫の獣人で、「ボクは本当のことを言わなければ嘘を行っているし、嘘をつかなければ本当のことを言っているよ?」と口走り、あかずきんにむかって「君の名前はティンカー・ベルに決まりだ!」とか勝手に名前を変更したりする変な子です。なんとなく応理(DX・こっちも”ピーター・パン”)に似ているような気がする(笑)


現在の予定。

『王子とこじき』……王子様の過去話
『シンデレラ』……もう一人の王子とヘンゼル/グレーテルの登場
『ヘンゼルとグレーテル』……ヘンゼルとグレーテルの由来
『ピーターと狼』……赤ずきんとピーターの話

あたりが優先的に持ってこられるお話かなあ。
『白雪姫』は先が進まなかったのがようやく動き出しました。先が見えてきたので勢いをつけてさっさと進めちゃいたいところです。でも、『黒鳥城』のダークエルフ編も早く終わらせたいし……
先の予定はもりだくさん。がんばらないとね!

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