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拍手の返信その他が遅れていてすいません。ちょっと最近、何か返信を書くのに悩むので……
お返事はだいぶん遅れるかもしれませんが、ぽつぽつお返ししていきたいと思います。
で、その間にでも、冗談を。
例の、S・F(すこし・ふしぎ)国民的傑作マンガをテーマにしたお話です。
……あくまでも、冗談ですよ?
*******
朝、隣の部屋へとつながるふすまを開けると、見知らぬ男が壁際で寝ていた。
「……ママ?」
「んー……」
冷静に呼びかけると、コタツで寝ていた母がもぞもぞと身じろぎをする。化粧がまだらにはげていて、なんだかちょっと幼い印象だ。それでもコンタクトレンズだけは外していたらしい。メガネ、メガネ、とコタツの上を探り、なんとか銀縁のメガネを探し当てる。
「あー、おはよ、ノビちゃん……」
「おはよう、ママ。寝るなら部屋に行けば?」
「ううっ、頭いたー。二日酔いー」
ノビちゃん、ポカリー、と言われて、ノビはため息をついた。こういう状態の母に何を言っても無駄だろう、ということくらいは分かっている。たしか冷蔵庫にはいつものようにスポーツ飲料が置いてあったはずだ。床に散乱した服や下着をまたいで、あまり広くは無い台所へと行く。
……すずめの鳴き声が、ほのかな光と共に、窓から差し込んでくる。
ビルの間の狭い路地。見上げる空を分断する電線。夜になれば色とりどりのネオンがきらめき、薄暗い闇を歩く人々でごった返す路地も、この時間には埃をかぶったミニチュアのように薄汚い。けれど、あまり日のあたらない狭い窓際でも、母が植えたマツバボタンやゼラニウムがけなげに頑張っているし、狭い台所はこれでもきちんと片付いている。たいがいの料理は下の台所で作るから、二階の台所はそれほど広くも無い。ノビはちいさな冷蔵庫からスポーツ飲料のペットボトルを引っ張り出し、ついでに、海苔のツクダニを冷蔵庫から掘り起こし、トースターにパンを放り込んでおいた。バターを塗ったトーストに海苔のツクダニ。ミスマッチのようだが、これがなかなか美味しいのだ。
「ほら、ママ」
「ありがと、ノビちゃん」
スポーツドリンクを受け取った母は、ふにゃりと笑い、起き上がった。母はまだまだ若い。客観的にみてもそれなりには可愛い。これでも理性があったのか、上半身には大きめのTシャツを着込んでいた。おそらく昨晩着ていたんだろう紫色のドレスは、床のすみっこでおとなしく丸まっている。
うー、だの、あー、だのと言いながらスポーツドリンクをごくごく飲んでいる母の横で、ノビは台所に戻り、冷めて味の沁みた煮物を皿に盛る。チン、と音がしてトーストが焼けた。たっぷりと塗りつけたバターが金色にとろける。念のためを思って母の分も焼いておいた。「食べる?」と声をかけると、「食べるー」という返事が案の定、帰ってくる。お盆に煮物と海苔トーストを盛って盛っていくと、母がずるずると起き上がってくるところだった。髪にひどい癖がついている。いただきます、とノビは手を合わせ、いただきますーと母はふやけた声で言った。
「ああー、ノビちゃん、さすがあたしの息子ー。美味しいー」
「ママ、冷静になって。それ、ママの作った煮物」
「……あれ、そうだっけ?」
今は寝ぼけてはれぼったいが、メガネの向こうの目は、ほんとうはつぶらで可愛らしいのだ。ノビはそれを知っている。可愛い童顔をした母親は現在28歳。もともとめったに家に帰ってこない父が留守にして、2ヶ月。―――ノビの家庭は、母の玉子と、息子のノビとの二人暮しだ。
二人の家は2LDK。母と父が布団を敷く12畳の部屋と、ノビが寝起きしている6畳の和室。その上には物干し兼屋上があり、下には『スナック・エトワール』の店がある。母の仕事はスナックのママ。いわゆる、一種の『健全な』風俗業というヤツである。
時計の針がカチリと音を立てる。7時。そろそろ、学校に行かないといけないころだ。
「ところでママ……」
さて、とノビは思った。
―――いい加減、問いたださねばなるまい。
自分はさっさと海苔トーストを食べ終わり、もそもそと煮物を食べている母に、切り出した。
「あれ、誰?」
「ん?
それは、壁際で眠っている、一人の男であった。男というのは誤りだろうか。まだ小学生のノビには年齢は図りがたい。
―――おそらく、立てば身長は190cmにも近いだろうという、大柄な男だった。おそらく、まだ若い。
何かケミカルな素材のパンツと、ごついワークブーツ。上に羽織っているジャケットもなにやら大仰な代物で、なんだか、SF映画にでも出てくる未来人と、戦争映画に出てくる兵士を一緒くたにしたみたいだった。うつむいているから顔は良く分からない。けれども何よりも問題なのだろうと思うのは、その髪の色であった。
青いのだ。
まるで南国の蝶の羽のような、プラスチックのような、鮮やか過ぎるケミカルな青。
その髪が長く伸び、背中の辺りで無造作にくくられている。顔は見えない。だが、喉には何かのタグのように、大きな鈴がぶらさがっているのがみえた。……ありていに言っても、何者なのかを判断しがたい容姿だった。学生にはとても見えないし、かといって、『そっち系』の人にも見えない。ノビが知っている中では、いかなる系統にも分類しかねる容姿。
「えーっと、お客さん?」
「……ママ、適当なお客さんを家の中に入れるの、やめようよ。女の人ならともかくさ、ウチってただでさえ、ぼくとママしかいないのに」
「ううん、たぶん悪い人じゃないよー」
まったく説得力の無い母の言葉を聞きながら、ノビは、警戒気味に男のほうを見る。
……息、してるよね?
いやだが、いくらなんでも真っ青に髪を染めた若い男、なんて生き物が、いきなり家で死んでるとは思いがたい。というか、思いたくない。バカらしい青い髪に隠されてよく見えないが、顔立ちは鋭角的で、けっこう整っているように見えた。いわゆるロック関係の人とか、ビジュアル系の人ってやつだろうか。それにしては体つきがゴツいけど。
「なんて人?」
「ええと…… ドラちゃん」
母のさまよいがちな視線の先には、テーブルの木の盆に盛られた『ドラ焼き』があった。……はあっ、とため息をつくと、ノビは傍らにおいてあったランドセルを引き寄せる。
「じゃあ、その人が起きたらさっさと追い出して、それからママもお風呂に入ってちゃんと寝てね。今日の仕込みだってあるんだし」
「はいはーい。ノビちゃん、まるであたしのおかーさんみたい」
「ママが子どもっぽいのがいけないんだよ。じゃあ、ぼく、もう行くから」
「行ってらっしゃいー」
母がきれいなライトストーンに彩られた爪を、ひらひらと振った。ノビは苦笑しながら手を振りかえし、数歩でたどり着ける玄関で、ズック靴を履く。その拍子に、玄関の鏡に、なんとなく自分の顔が映りこんだ。
線の細い、おとなしそうな顔立ち。細いふちのメガネ。黒髪。とりたてて言うことの無い…… 強いて言えば、あんまり発育のよくない、小学生の少年の顔。
野比田ノビ、10歳。
―――今日から、彼は、小学五年生だ。