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 外で並んで歩いて見ると――― ドラ衛門には、やはり、異常なまでの存在感があった。
 軍用ブーツを履き、明らかに防刃防弾を目的としているのだろう分厚いジャケットを羽織っているという服装だけでも威圧的なのが、さらに、身長が軽く見積もっても190cm以上はある。体格から見れば、体重も100kgに近いのではないか。それでいて、なぜだか知らないが、首には鈴のようなものをつけている。異様としかいいようがない。
 その上、彼の髪は真っ青。襟足辺りでくくられた髪は、どこからどう見ても、人間の髪の毛には在らざる、異様なまでに鮮やかなプラスチック・ブルーだ。
 まずもって、デカい。
 そして、怖い。
 その体格の上に、無表情無感情な顔がくっついているのだから、その威圧感といえば、いや増しに増すというものだ。顔立ちそのものだけならば、いちおうは『美形』の範疇に入らないでもない顔立ちではあるが、この場合、その事実はまったくもって救いになっていない。
 そして、その隣を歩かされるノビは…… なんとも言えず、立つ瀬の無い気持ちを味わった。
 すれ違った人間が、まず例外なく100%、何が起こったのか、とでもいいたげな驚愕の目線で振り返る。露骨に視線をあわさぬようにそそくさと去っていくものがいる一方で、中には横をすれ違っても、しばらくじろじろとこっちを見ている人までいる。ノビは恥ずかしさの余り、消えてしまいたいような気持ちを味わった。
 だが、そんなところで、いきなりドラ衛門が、話しかけてくる。
「おい、ノビ」
「はっ、はいッ!?」
「学校を爆破した方法は、おそらくは、原始的なものだろう。お前は『ガソリン』の臭いをかいだといったな? さらに、大量の蒸気を感じたと」
「う、うん……」
「ならばおそらく、水とガソリンの混じったものが散布されたんだろう。ガソリンは気化しなければ爆発しない。では、水とガソリンの混合物を、校内全体に、効率よく散布し、さらに気化させる方法としては何が考えられる?」
「え」
 頭の中が、緊張のあまりで真っ白になっているところに、さらになんて負担を強いるのだ、この男は。
「わ、分からないよ、ドラ衛門……」
 恐る恐る手を上げるノビに、けれど、ドラ衛門はあっさりと答えた。
「答えは、『防火用のスプリンクラー』だ」
「スプリンクラー?」
「ああ、そこにガソリンを大量に混入し、校内にばら撒いたのだろう。この時代の消火装置は、液体を細かい粒にして撒き散らす。その結果、ガソリンは気化しやすい状態に置かれる。そこに着火させれば、一気に爆発が起こることだろう」
 スプリンクラー、とノビは思った。
 たしかに、うちの学校には防火用のスプリンクラーが備え付けられていた。
「じゃ、じゃあ…… スプリンクラーの中のガソリンをストップさせれば、爆破は防げるの!?」
「可能性は高いな」
 ノビは、まぶたの裏に、凄惨な大火傷を負った、上級生たちの姿を思い出す。
 体が半ば単科してしまったもの、肌がずるりと剥けて苦しんでいるもの、体中にガラスが突き刺さり痛みに転げまわるもの…… そして、喉を切り裂かれて、血溜まりのなかで絶命している、優。
 彼らを救うのは、間違いなく、第一目的だ。ノビは興奮した。
「じゃ、じゃあ、あの爆破は防げるんだねっ!?」
「だが、一番の問題はそこじゃない」
 けれど、ドラ衛門は、ノビの喜びに、すぐに蓋をしてしまう。
「問題は、その源しず香という少女の中にいる『エージェント』だ」
「え、えーじぇん……?」
 混乱しているノビを見たドラ衛門は、しばらく黙る。適切な説明を考えていたらしい。
「……彼らは、未来から送り込まれてきた。お前の存在を『消す』ために」
「う…… うん」
「だが、22世紀の技術では、生身の人間を21世紀に送ることは、実質不可能だ」
 ノビは驚いた。
「そ、そうなの!?」
「ああ。2189年現在、タイムマシンはまだ信頼が出来るほどの精度を持っていない。問題点は主に精度の高さだ。過去に送る最中でデータが劣化し、目的の時間で正確にデータが再現化される確立は、現段階だと78%前後」
「え、だって、ドラ衛門はちゃんとここにいるじゃないか!?」
「俺も十分にノイズに侵されている」
 ドラ衛門は淡々と答えた。
「だが、俺は過去遡行のために設計されているため、ノイズ劣化対応のための高レベルの自己修復機能を持たされている。仮にエラーが起こって俺のボディが45%の再現度を持たなかったとしても、ナノマシンのレベルで組み込まれた再生機構が作動し、俺の身体を再生することができる。記憶バックアップも体内に複数体存在しているため、破壊されても通常通り稼動できる可能性が非常に高い」
 ノビは、ごくん、とつばを飲み込んだ。
「……実際は、再現度はどれくらいだったの?」
「76・52%。想定の範囲内だ」
「で、治ったの?」
「いや。現在も修復が続行中だ。特に内分泌器官のエラーが大きいため、神経の伝達物質を完全に分泌しきれていない。さらに機械パーツの修復が必要だが、これはさっきの機械から素材の分子を調達したから、数時間である程度は解決されるだろう。So it goes.(そういうものだ)」
 ノビはひどいめまいを覚えた。
 何か平然と言ってるけどこの人…… 何かむちゃくちゃなことを言ってない……?
 家に来たとき、壁際に座り込んでいるのを見て奇異に思ったが、あれはもしや、『体の修復』とやらが完成していないため、動けない状態だったということだったんじゃないだろうか?
 だが、そもそも付き合って考えていてもしょうがない。ノビはしかたなく話を戻す。
「じゃあ、その『エージェント』って人たちは、どうやってこの時代に……?」
「彼らは、『電子データ化された思考パターン』のみを、この時代へと送り込んでいる」
 一瞬、意味が分からなかった。
「……なに、それ?」
「エージェントは、脳内の分泌物や微細な生体電流のネットワークパターンを一定の21世紀人の脳内に送り込み、その内部に擬似的に自分の学習してきた知識、感情、思考パターンなどを再現する」
「……???」
「その結果、送り込まれた人間は脳内でエージェントの思考パターンを再現し、それにしたがって行動するようになる。これならばデータ量をかなり小さく出来るため、劣化も自然と少なくなる。いわば、もっとも合理的に過去への遡行を行うことが出来る。無論、違法とされている行為だが」
 ノビは、自分なりに、必死で考えた。そして、なんとか出てきた結論を、声にして搾り出す。
「つまり、なんていうか…… 未来から来た幽霊が、しず香ちゃんに取り憑いているってこと?」
「……」
 ドラ衛門は、一瞬、黙った。……ノビにはすぐに理由が分かった。慌てて釘を刺す。
「『取り憑く』の意味は、説明させないでね。やっとぼくなりに納得できてきたところなんだから」
 ドラ衛門は素直にうなずいた。
「了解した」
「つまり、しず香ちゃんに取り憑いている、そのエージェントってヤツを除霊すればいいんだよね? どうやればいいの?」
「コレを使う」
 ドラ衛門は、まるで銃帯のようなベルトから、金属製の短いペンのようなものを取り出してきた。
「なにそれ?」
「特殊な賦活剤、及び、特殊変異プリオンをミックスしたものだ。これを投与すれば、数分程度で脳内にあらたなネットワークが形成され、エージェントのデータは必然的に機能を失う」
 ノビは、しげしげと、そのペンを見つめた。
 針はついていない…… どうやって体内にそれを打ち込むのだろうか。まさか銃で打ち込むとか、という風に不吉な予感を覚え、ちらりと目で見上げると、ドラ衛門はそれを読んだように、「これは直接頚部から投与することが望ましい」と言った。
「頚部…… 首っ!?」
「他の部分では、投与した物質が脳に到達するまでに時間がかかってしまう」
 プシュッ、と小さな音がして、針が露出する。鋭い。ノビは思わずごくりとつばを飲む。なんていうか、推測するに。
「それ、なんかボールペンっぽいね」
「そうか?」
「名前はなんていうの」
「知らん」
「……」
 ノビが黙るのを見て、ドラ衛門はわずかに首をかしげた。眉を寄せる。思い出そうとしているらしい。そして、口から出てきた台詞は。
「圧縮式携帯型病変プリオンインジェ……」
「覚えられないッ!!」
 いちいち用語がややこしい。このヒトには『物事をわかりやすくする』という思考は無いのだろうか。
「だいたい、そういうの使うシチュエーションで、いちいちそういう長い名前を呼べるの!?」
「確かに、一理あるな」
「もっと分かりやすい名前! たとえば、『除霊ペンシル』とか……!」
「じゃあ、それでいい」
 ドラ衛門は、あっさりと了解したので、ノビは逆に出鼻を挫かれた。
「この『除霊ペンシル』を首に押し付ければいい。そうすれば、動脈に入り込んだ賦活剤と特殊変異プリオンが速やかに脳に運ばれ、『除霊』が完遂する。……何か疑問は?」
「あの、念のため聞いておくけど、ドラ衛門ってそういう『変な道具』をどれくらい持ってるの?」
「現時点で使用できるものは、この『除霊ペン』、さらに対人遠距離攻撃用の携帯武器だけだ」
 ……現時点?
「他にも様々装備はあるが、現時点だと俺のコンディションに問題があるから、使用不可能だ。この『除霊ペン』は複数準備してあるが」
「他にはどんなのがあるの。専門用語での説明は不可! じゃなくって、『なにができるようになるモノ』なのかを言ってね!」
「……」
 ドラ衛門は歩きながら、やはり、少し考えていたようだった。やがて、腕を片方持ち上げる。ガシャッ、と音がして、腕時計だとばかり思っていたものが、見る間に、篭手のようなものに変形した。腕を覆う金属性の篭手と、銃を一緒にしたようなもの。手首の上から砲身らしきものが伸び、手首の先あたりに銃口らしい穴があった。ノビは度肝を抜かれる。
「!?」
「圧縮空気を噴出するための装置だ。非実弾の銃だといえば分かりやすいか」
 ぜんぜん分かりやすくない。
「え…… ええっと、エアガン?」
「20世紀から21世紀初頭に普及していた所謂『エアガン』は実弾を装填、発射する機能をもっているはずだ。これは完全に非実弾装備だから、違う」
「えっと、何、空気を発射するの? つまり…… 『空気砲』?」
「そう呼んでも構わないだろう」
「……で、具体的にそれって何」
 とても嫌な予感がしながら、聞いてみる。ドラ衛門は軽くうなずくと、篭手に覆われた腕を、近くに路上駐車されていた車に向けた。
 
 バシュッ!!

 その瞬間、甲高い音と共に、車のフロントガラスが、木っ端微塵に砕け散った。
 ノビは、絶句した。
「!!」
 ドラ衛門はその『空気砲』を、ノビのほうへと見せるように、軽くかざす。車のことなど歯牙にもかけていない。平然と言う。
「出力50% 威力は現時点で、ほぼ、12Gのラバー弾を装填した散弾銃に等しい」
 ドラ衛門は淡々と言うが、ノビは全身の血がざあっと下がっていくのを感じる。
「実際にはこれ以上の威力を出すことも可能だが、基本的には殺傷能力は無い無力化武器だ。頭部などを狙えば相手が死亡することもあるが、俺はリミッターが……」
「そ、それどころじゃない! ににに、逃げるよッ!!」
 ドラ衛門の台詞を途中でぶったぎって、ノビは慌てて走り出した。ドラ衛門は引っ張りもしないのに黙ってついてきた。律儀にもノビのスピードにあわせて。頭上だとカラスがギャアギャアと鳴いている。ノビは軽く300mは全力疾走すると、いい加減息が切れた。角もいくつも回り、なんとか車からは離れたかと思って立ち止まる。膝に手を当ててぜえぜえと息をしていると、こちらは微塵も息を乱している様子の無いドラ衛門が、無表情に聞いてくる。
「どうした、ノビ」
「どうしたじゃないだろッ!!」
 思わず、絶叫する。
 ドラ衛門がフロントガラスを木っ端微塵に粉砕した車。ぱっと見でも、かなりの『高級車』だったのは間違いない。そして、このあたりの地域で、『高級車』なんてものに乗っている人種は……
「ああああああ」
 ノビは思わず頭を抱えてうずくまった。もしも誰かに見られていたら、明日にも、派手な柄のスーツの粋な兄いさんたちが家に来るかもしれない。そしたら破滅だ。……ドラ衛門は微塵も表情を変えない。
「安心しろ」
「なにが!?」
「非実弾気体銃は弾が残らない」
「そういう問題じゃない―――ッ!!!」
 犯人が分かるの、分からないの、という問題ではない。そもそも車のフロントガラスを一撃で破壊するような物騒なものを、常時ぶらさげて歩いているというのか、この男は!?
「では、この事実ではダメだろうか」
「何!?」
「撃つよりも、俺が直接殴ったほうが、威力は大きい」
「……」
 ノビが沈黙したのを見て、ドラ衛門も、さすがに若干は『まずいこと』を言ったらしい、と思ったらしい。拳を固める。
「証拠を……」
「見せないでいい!!」
 腹の底から声を絞り出すと、いましも傍らのブロック塀を殴ろうとしていたドラ衛門が、ぴたりと手を止めた。
 全力疾走と大声のせいで、ひどい息切れだ。ノビは目の前をチラチラと火の粉のようなものが舞うのを感じる。無論酸欠のせいである。原因は誰か? 
 言うまでも無い。傍らの、『自称ネコ型ロボット』である。
 ノビは、心の底から思う。……なんなんだ、この非常識の塊は!?
 無表情でノビを見下ろしている身長推定190cmオーバーの、ミリタリー風の青髪の大男。腕に装備している正体不明の兵器は車のフロントガラスを木っ端微塵に粉砕し、本人が口にしているところによると、たぶん、彼はパンチ一撃でブロック塀を完全破壊するものだと思われる。
 あきらかに、人間ではない。
 ノビはしばらく黙ってドラ衛門を見上げていた。ドラ衛門も黙ってノビを見下ろしていた。ノビは緊張感に耐えられなくなる。いい加減我慢も限界だ。大きく息を吸って、吐いて、気分を落ち着ける。
「……あのね」
「うむ」
「ぼく思うんだけど、ドラ衛門は学校に来ないほうがいいと思う」
「なぜだ?」
 ぴしっ、と頭のどこかが音を立てた。
「まだわかんないの……」
 地を這うような低いノビの声に、しかし、無表情の自称ネコ型ロボット。堪忍袋の緒が切れた。

「ドラ衛門がいるほうが、いないよりも、100倍くらいキケンなんだよッ!!」

 ドラ衛門、さすがにこの一言は理解したらしい。かるく眉を寄せる。
「俺は迷惑なのか?」
「そうだよッ! っていうか、いままで自分がやってきたことを考えて、どこが『迷惑じゃない』って言えるわけ!?」
 彼と会話を始めてから、まだ、たったの20分たらず。
 現時点での被害は、母の携帯電話と、そこら辺に止めてあった高級車一台。未遂で終わったもの、ブロック塀ひとつ。
 20分でこれである。さらに10分立ったら、あるいは1時間たったら、どれだけ甚大な被害が起こるものか、想像するだけで頭がクラクラしてくる。この男、そもそも『常識』というものが、頭から完全に抜け落ちている。
「ぼくはぼく一人で学校に行くから、ドラ衛門はついて来ないでよ!」
「だが『エージェント』が……」
「ドラ衛門と一緒にいたら、オバケが出るよりも先に死んじゃうよ! オバケよりドラ衛門のほうが絶ッ対にあぶない!!」
「……」
 怒鳴った後、返事が無い。
 さすがに言い過ぎたか、と思って見上げるが、だが、超合金並みの鉄面皮は、相変わらずの無表情のままだ。まるでおとなしくて大きな犬をいじめているような罪悪感が、胸を掠める。けれど。
「もう、ついてこないでよねっ! 絶対だよっ!」
 それを振り切るように、ノビは怒鳴ると、きびすを返した。
 そのまま、全力で走りだす。とはいえ、さっき全力疾走したばかりなので、ひ弱なノビには大してスピードは出せない。さっき、軽々と後をついてこられたドラ衛門だったら、おそらく、簡単に追いつけるだろう。けれど一瞬肩越しに振り返ってみても、彼はさきほどノビの置いてきた場所に、ぽつねんと立ち尽くしているだけだった。目立つプラスティック・ブルーの髪と、無表情。
 なんとなく、無碍にした、という罪悪感が、チクリと胸を刺した。
 ……でも、『あれ』と関わりあってるっていうほうが、あきらかに危ない!!
 時計を見ると、すでに、登校の時刻を過ぎつつある。ノビは慌てて道を曲がった。ドラ衛門は見えなくなる。罪悪感めいたものを胸の奥にしまいこんで――― ノビは、カタカタとカバンを鳴らしながら、全力で、走り出した。

**********

完全にシュワちゃんです、ドラ…… おっかしいなぁ、外見のイメージは『空条承太郎』だったのに。(こちらも多少問題あり)

 

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 そして、ノビは、自宅の床に座っている自分に気付いた。
 かすかに埃が舞い、窓から差し込む光にきらめいている。それがきれいだ、と思った。あきらかに意識が覚醒していなかった。それからノビは目の前にいる男を見た。まず視界に入ってきたのは、鮮やかな、プラスティック・ブルーの髪だった。やや長い。それを、首の後ろで無造作にくくっている。
 男がゆっくりと顔を上げる。顔が見えた。まだ若いように見えた。精悍な、整った――― だが、たしかに端正だとは分かるけれども、どうしようもなく無個性な顔立ち。肌の色こそわずかに褐色かかった色だが、顔立ちだけではどの人種に属するのかも判別不可能だった。けれど、そんな顔立ちの中で、瞳だけが異彩を放っていた。やや釣り目気味、白目がちの…… どう表現したら良いのか分からない。ただ、あきらかに『非人間的』としかいいようのない目。
「えーっと、お客さん?」
 母の、のんびりした声が聞こえて、ハッと、我に返った。
「……―――!!」
「静かに」
 悲鳴を上げようとした瞬間、その声が、一本の指で、ぴたりとふさがれた。
 いつの間にか、男の手が挙がっている。喉に一本、指が触れていた。白い手袋の手。それだけだ。……それだけなのに、一呼吸がふさがれ、それによって、悲鳴が封じられた。
 悲鳴を上げそこなったノビは、ただただ、呆然として、男を見た。
「あ、あなた…… 誰、なの」
「俺はType-Felidae:F-HND-001」
 男は無表情に言い放った。

「分かりやすく言えば…… お前を守るため22世紀の未来から来た、ネコ型ロボットだ」

 ノビの顎が、かくん、と落ちた。
 ……どう反応しろ、というのだろうか。とりあえず、ツッコミどころが多すぎる。
 目の前に座り込んでいる男を見る。人間だ。ネコではない。ロボットでもない。強いていえばデカくてゴツく、さらに、髪の色は馬鹿げたプラスチック・ブルーではあるが、どこからどう見ても、『人間』以外の何者でもない。
「え、あの…… っていうか、あなた、『人間』ですよね?」
「いや、ネコ型ロボットだ」
 ノビは思わず絶叫する。
「あなたのどこがネコでロボなんですか!?」
 だが、男は、あくまで淡々と返してくる。
「俺は生体タイプのロボットだ。体の91・2%までは有機物で構築されている。だが、ホモ・サピエンスないしはヒト亜科以下の生命体のDNAをバイオロイドに使用することは違法だから、俺の有機体部分は『Felidae(ネコ)』のモノに手を加えることによって構成されている」
 だから俺は『ネコ型ロボット』ということになる、と男は言う。ノビは、頭がくらくらするのを感じた。
「そ、それ、ネコ型って言うの?」
「So it goes.(そういうものだ)」
 こともなげに、男は、言い放った。
 ……この感覚、何かに似ている、と思ったら、出来杉と会話するときの感覚なのだった。
 ようするにこのヒト、電波のヒトなんだろうか。ノビは大きく息を吸い込み、それから、吐き出した。
「あの、腕を見せてください」
「何故だ?」
「いいから」
 男は素直に腕を差し出す。ノビは男の着ているジャケットの袖をまくってみた。静脈に注射針の跡はない。左利きである可能性も考慮してもう片方の腕も見たが、やはり、無かった。―――少なくとも、ヤク中ではあるまい。しかし、『天然電波』である可能性は否めない。それにしても逞しい腕だった。特別に『マッチョ』というわけではないが、太い骨にしなやかな筋肉が僅かの無駄もなくついている。ノビはそろりと男を見上げる。男は相変わらず無表情だ。
「どーしたの、ノビちゃん?」
 そのとき、ふいに、後ろから声をかけられた。
「ま、ママ……」
「あー、その人、誰?」
「ママが連れ込んだんでしょッ!?」
 さすがに声が裏返る。いくらなんでも、無責任すぎる発言だ。
「誰だよこれッ! っていうか、知らない男の人を家に上げないでよ!」
「ううん、たぶん悪いヒトじゃないよー」
 母はふにゃりと笑った。ノビはそのまま言い返そうとして…… だが、ハッとした。
 『既視感』。
 これと同じようなコミュニケーションを、一度、交わしては居なかったか?
 だが、ノビは、もう、次の言葉を言ってしまっていた。
「この人、誰?」
 母は面倒くさそうにガリガリと頭を掻きながら、視線を彷徨わせる。その視線の先には、コタツの上に置かれた菓子盆があった。そこにはドラ焼きがいくつか置かれている。それを見た瞬間、ノビは悟った。
 次の母の発言を、自分は、『知って』いる。

「ええと…… ドラちゃん」

 母は、そう言い放った。
 ノビが『一度体験した』この朝と、まったく同じように。


 ノビは早々に母を寝室に追いやった。そして、改めて、青い髪の男と向き直る。
 じっ、と見つめるノビに対しても、男は、無感情な目を向けているだけだった。やもあればキツめと取られかねない三白眼。だが、男は壁際に座り込んだきり、動こうとしない。ノビは彼から出来るだけ距離を取ったまま、おそるおそる、話しかける。
「ええっと…… 貴方は……」
「俺はお前を守るために、22世紀の未来から来たネコ型ロボットだ」
「それはもう聞きましたッ!」
 それが現実かどうかなんて、もはや、どうでもいい。とにかく問題はこの男、そして、さっき『体験』した、異常極まりない体験のことだ。ノビが頭を掻き毟りかけたとき、ふいに男が言った。
「お前は、今、『現実崩落体験』という能力によって、未来を『視た』」
「―――え」
「正確には『未来』ではない。だが、能力が発動し始めた時点からの時間経過の中で、最も可能性の高い未来を、実際に『体験』したはずだ」
 男の目が、ひた、とノビの目を見据えた。薄い茶色の目。
 ノビは、笑おうとした。だが、唇からもれたのは、引きつったような奇妙な声でしかなかった。
「え…… そんな…… だって、あれ……」
 学校が、爆破された。
 大火傷を負った生徒たち、ガラスの破片によって無残に切り裂かれた生徒たちの体が転がる校内を、友の安否を確かめようと、必死で走った。
 そして、しず香に出会い―――
「しず香、ちゃんが」
 ノビは、呆然と呟く。
「へ、変な、ことを、してて」
「どんなことを?」
「手が……」
 しず香は、『しず香の皮をかぶった何者か』は、異常なことをやってのけた。
 自分よりも遥かに距離の離れたところにあるものに対して、『触れて』見せたのだ。自らの腕の代わりに、幻覚のようなものを生み出して。そしてノビは、その腕に頚椎を砕かれて…… 死亡、した。
 そう悟った瞬間、ぐっ、と胃の腑がせりあがってくるような感覚を覚えた。
「う、ぐ」
 ノビは思わず手で口を押さえる。口の中に胃酸の苦い味が広がった。体ががくがくと震えだす。涙がこぼれる。
 死んだ。
 自分は一度、確かに、『死んだ』のだ。
 そんなノビを、男は、冷静に見下ろしていた。
「……それが、『世界崩落体験』だ」
「なんだよ、それッ!?」
「お前は『未来』を『擬似体験』することができる。だが、それはお前が『死ぬ』未来のみだ。So it goes.(そういうものだ)」
 青い髪の男は、淡々と言った。
「お前にとっての『世界崩落体験』は、現実か、それとも仮想体験かの区別がつかないほどの高精度のものらしいな…… 推測されたデータ以上だ」
 男が何を言っているのかが、ぼんやりと理解されてくる。
 要するに、自分は『超能力』に目覚め、今日、起こる出来事をあらかじめ体験した。そして、その結論は、『ノビの死』だった。……背筋の毛が、そそけ立つような気がした。
 だが、到底納得の出来るようなものではない。『未来』だと? そんな超能力のようなものを、どうして自分が持っているというのだ!!
「知らないよ、そんなのっ!」
 ノビは思わず立ち上がった。片手でランドセルを引っつかむ。このまま学校へ行ってしまえばいいのだ。こんな異常な男になどかかずらってはいられない。そうやって無理やり自分をごまかそうとする。けれど。
「待て」
 ぐっ、と腕をつかまれた。
「!?」
 男の手は、痛みを与えはしなかった。だが、まるで手錠のように腕を締め付け、決して振り解くことが出来ない。ノビはまじまじと男を見下ろす。男はゆっくりと立ち上がった。壁に手を突き、よろめきながら。
「―――俺の使命は、お前を守ることだ」
「だからッ、そんなことッ……!!」
 だが、抵抗するノビに構わずに、男の目は、ひた、とノビを見据えた。 
「このまま、お前が『世界崩落体験』の中でとったのと同じ行動を取れば、お前は間違いなく『死亡』する」
「―――……」
「それを阻止するのが俺の使命だ。さあ、話してくれ。お前は何を体験した? 一体、これからお前の行く場所で、何が起こるのだ?」
 ノビの目の裏で、フラッシュバックのように、無数の映像がひらめいた。
 散乱するガラス。黒煙と蒸気。死にきれずに呻いている無数の生徒たち。そして――― 異様な力を見せ付け、決してしず香では『ありえない』表情を浮かべていた、しず香。
 足から力が抜ける。ノビは、ぺたんと座り込んだ。
 男は黙ってノビを見下ろしている。ノビは、途切れ途切れに、呟いた。
「学校で…… 何か爆発が起こって……」
 ノビは、搾り出すように、声を押し出す。何を言っているのかも定かではないのに。あれは『夢』じゃなかったのか? あのあまりに異様なリアリティが無ければ、そう言って片付けたいほどの体験だったのに。
「ぼくが…… みんなが無事か確かめようとして下に下りたら、しず香ちゃんがいて…… それで、しず香ちゃんが……」
 途切れ途切れの、混乱したノビの言葉を、男は、けれど、冷静に聞いていた。そして、最後まで聞き終わると、「分かった」と短く答えた。
「おおよその事情は把握できた」
「え」
「犯人はTP特殊機動部隊のエージェントだろう。その『しず香』という少女の脳に巣食って、テロに見せかけてお前を抹殺しようとした。稚拙な手口だ。おそらくはただの『同調者』レベルの相手だろう。……現状の俺の状態だと、少々厳しくもあるが……」
 勝てぬ相手ではない、と男は言い切った。
 そして、呆然としてしているノビに向かって、「欲しいものがある」と言った。
「な、なに」
「金とプラチナを少量。チタンも欲しい。部品が足りない。現時点だと、俺は、通常状態の13%の出力しか出せない」
 男は、立ち上がろうとし、よろめいた。ノビは慌てて彼の身体を支える。分厚いジャケット越しにも感じる体温。
 まさか、このヒトが、ロボットだなんていわれても…… やっぱりただの電波さんって可能性も……
 だが、ノビのその一縷の希望も、次の瞬間には、木っ端微塵に打ち砕かれた。
「この程度でも、足しにはなるか」
 男は、そう呟くと、コタツの上においてあった母の携帯電話を手に取る。そして、止める間もなく。
 バキリ、と二つにへし折った。
「―――-ッ!?」
 男は、プラスチックの携帯電話を、指先の力だけでこともなく破壊する。そして、その部品を、口へと運んだ。噛み砕く。
 ばり、ばり、ばりん。
 唖然としているノビを見た男は、無造作に言った。
「安心しろ。消化器官から、体内に不足している物質を取り組み、再構成を行うだけだ」
「……」
 どこをどう、安心しろというのか。
「え、えと」
 男は完全に携帯電話を噛み砕き、ごくりと飲み込む。そして最後にぺろりと指を舐める。そのしぐさだけが妙に人間的で、目眩がした。
 だが、ノビは、どうにも悟らざるを得なかった。
 自分が死なずに済むためには、どうやら、この『自称未来からやってきたネコ型ロボット』という、世にも胡散臭い男の手が必要らしい、ということを。
「貴方は…… じゃなくって……」
「なんだ」
 ぶっきらぼうな口調が怖い。ノビは、そろりと彼を見上げる。相変わらずの無表情。だが、とりあえず悪意は無い。……無いと思う。
「ええと、とりあえず、貴方の名前は?」
「Type-Felidae:F-HND-001」
「それ、名前じゃないよ」
「そうか?」
 無表情で、間の抜けた返事。ノビは深い深いため息をついた。こうなったら、もう、付き合うしかない。
「ええと、じゃあ貴方は石川五ェ衛門…… じゃなくって、ドラ焼き…… でもなくって、ああ、もう!!」
 ノビは両手で頭を掻き毟り、びしっ、と男を指差した。
「じゃあ、貴方の名前は『ドラ衛門』!」
「……ドラ衛門?」
「うん」
 理由は、何か石川五ェ衛門っぽいから。でも、そのままだとあんまりだから、母の提案を半分取り入れて、『ドラ衛門』。
「これでいいよねっ、ドラ衛門!?」
「了解した」
 男改めドラ衛門は、あっさりと馬鹿げたネーミングを受け入れる。
「なら、いくぞ、ノビ。学校に遅刻する」
「……え?」
「俺も行かざるをえないだろう。お前一人の力では、事件を解決できん。So it goes.(そういうものだ)」
 ―――ノビは、再び、顔面蒼白になった。



*********

やっと青タヌキ登場。
命名はノビちゃん。なんつうか、ネコ型ロボットというよりもターミネーター。


 轟、と地面が揺れた。

 え、と唇から声が零れそうになった。
 だが、その声を、百万の鈴が一斉に鳴らされるような音が、さえぎった。同時だった。出来杉がノビをかばい、抱きしめるようにして地面に押し倒す。視界に空が見える。『青』が視界をさえぎった。
 だが、その一瞬前に、ノビは見た。
 見てしまった。
 眼下の窓がいっせいに砕け散り、無数の水晶のようにきらめきながら、紅い炎に飲まれ、校庭へと飛び散る光景を。

 な、に?

 轟、と空気が渦巻く。フェンスが捻じ曲がり、倒れてきた。けれども出来杉の体にかばわれて、ノビは無事だった。骨の砕ける嫌な音がした。眼前の整った顔が苦痛に歪んだ。
 目が閉じられない。
 何が起こったのだ?
 視界いっぱいに広がった空に、ふいに、コーヒーにミルクを垂らしたように、黒煙が混じった。それは間違いだったろう。その色彩は形容のものとはかけ離れている。むしろ逆だといってもいいだろう。真っ黒な煙が空を舐める。春の始まりの青い空を。
 やや遅れて、悲鳴が聞こえてきた。悲鳴というのすら生ぬるい。それは絶叫だった。ノビは今まで聴いたことがなかった声――― 命を奪われていくものたちの、断末魔の絶叫だった。
「ぐ、ッ」
 すぐ側で、声が聞こえた。出来杉の声だ。ノビは我に返った。その瞬間、全身の血が凍りついたかのような感覚が襲い掛かってきた。
「な……ッ!! 出来杉くんッ!?」
 慌てて起き上がる。身体に覆いかぶさった薄い体温は、出来杉のものだ。ぱた、ぱた、と血が流れ落ちる。白い頬を血が伝っていた。指でソレをぬぐって、きょとん、とした顔をする。
 何をいったらいいのか分からない。何が起こったのかも分からない。とにかくも、ノビは震える膝を叱咤して立ち上がった。倒れたフェンスの下から出来杉を引きずり出す。
 頭上へと原油のような真っ黒い煙が昇っていく。ふいに濃密なガソリンの臭いが鼻を突いた。悲鳴は途切れ途切れに聞こえてくる。震える足で屋上のふちに近づき、見下ろすと、すべてのガラスが砕け散り、校庭に散乱していた。―――そして、熟れすぎてつぶれた苺のようなものも、いくつか、校庭にへばりついていた。
 思考が理解を拒んだ。だが、理性がそれを告げた。
 あれは、にんげんだ、と。
 ふいに、喉の奥から、大きな塊のように、吐き気がこみ上げた。ノビは口元を押さえる。口の中に胃液の酸っぱい味が染み出し、目に涙がにじんだ。
「な、に。……なん、なの」
 なにかが、爆発したのだ。そう悟る。
 だが、何が? ここは小学校だ。爆発するようなものなどあるのか? ……しかも、この臭いから推測すると。
「ガソ、リン?」
 誰かが、ガソリンをまいて、学校を爆破した?
 けれど――― 何のために?
 そこで、小さくうめき声が聞こえた。ノビは我に返る。
「で、出来杉くんっ!?」
 頭を押さえてうずくまっている。顔が苦しげに歪んでいた。頭を打ったのか。ノビは慌てて駆け寄った。けれど何も出来ない。知識程度はあった。人間は、頭に怪我をした場合、どれほど軽症に見えても、死に至ることすらあるのだと。
 助けを、呼ばないと。
「待ってて、すぐ、人を呼んでくるからっ!」
「の、ノビ、くん」
 弱弱しく出来杉が呼ぶ。けれど、ノビは振り返らなかった。全力で走り出す。階下へと。―――黒煙の渦巻くほうへと。


 階下へ降りた瞬間、喉を焼く煙が、視界をさえぎった。
「うッ……」
 割れた窓ガラスから煙が流れ出している。けれど、それすら僅かな気休めにしかならないほどの濃密な煙の中、床にガラスが散乱し、廊下は黒い煤にまみれていた。
 途中、六年生の教室の前を通りかかる。全身がじっとりと濡れた。濃密な水蒸気が立ちこめ、校内はまるでサウナのように暑い。否、熱い。部屋の中には濃密な煙が凝り、けれど、その向こうでも、床に折り重なって呻いている人影が見えた。全身にガラスの欠片を突き刺したもの。体が真っ黒く焦げたもの。後ずさった拍子に何かを踏みつけた。くしゃりとつぶれた、それは、たしかに五本の指をもっていた。
「―――ッ!!」
 胃袋がせりあがってくるような吐き気を、歯を食いしばってこらえる。代わりに目から、ぼろぼろと涙が零れた。 
「誰かっ…… 誰か! 先生、せんせい!!」
 返事はない。ただ、ぱりぱりと何かが燃える音が聞こえ、天井からぶら下がっていた蛍光灯が、何かに答えるようにぼたりと落ちた。この校内で五体満足で立っているのは自分だけだ。そう自覚した瞬間、脊髄の中を、凍てついた血が流れ落ちる。
 なぜ、誰もいない?
 なぜ、誰も返事をしない?
 これだけの大災害なのだ。絶対に誰かが気付くはず。まして、小学校は都会の真ん中なのだ。すぐに大人が来てくれる。そう思って、ノビは、込みあがる吐き気を、必死で飲み下した。
 足元でぱりぱりと何かが砕ける。よろめいた手が壁に付くと、指が真っ黒になった。
 とにかく、みんなを探さないと。みんなはどこだ? しず香は? 優は?
 必死で吐き気をこらえながら、階段を下っていく。濃密な煙のせいで激しくむせ返った。呼吸すら困難だった。―――けれど。
 目の前で、割れた蛍光灯の脇から垂れ下がった電線が、ぱちりとスパークした。
 その瞬間、煙のむこうに、人影が揺らめく。
 誰かが、立っている。
「しず香、ちゃ……!」
 そこに立っていたのは、少女だった。無事だ。ピンク色のセーターと、短いスカート。黒のニーハイソックスといういでたち。
「無事だったんだね、しず香ちゃん!?」
 ノビは、駆け寄ろうとする。けれど。
 そのとき、少女が、ゆらり、と手をもたげた。
 ―――その、瞬間だった。
「……!?」
 何かが、頚部を、強く圧迫した。
 白熱。まぶたの裏がスパークする。ノビはなすすべもなく背後に倒れた。地面に散乱したガラスが肘を切った。メガネが落ちた。かしゃん、と小さな音がする。
「かっ、はっ……!?」
 苦しい。
 何かが、首を、締め付けている。
 必死でその拘束を振りほどこうと喉を掻き毟ろうとする。その手が何かに触れた。―――それは、手だった。
 ノビは、『感じたもの』への激しい違和と共に、悟った。
 誰かの手が、首を、絞めている!!
「ふん」
 少女が、くすり、と小さく笑った。前に踏み出す。ぱきん、と裸足の足がガラスの欠片を踏み割る。
 ゆっくりとかざした手の優美さは、さながら、舞踏に定められた動作のそれのよう。その瞬間、頚部の圧迫が外れる。急速に肺へと空気が入り込む。油煙交じりの空気が。ノビは、全身を引きつらせながら、激しく咳き込んだ。
「便利だな、『幻肢痛』というものは」
「げん……? なに、言って、しず香ちゃ、」
「分かるかい、N-original。これが未来、貴様のもたらす災厄というものだよ」
 少女の顔が、憎憎しげに歪んだ。それは激しい怨念に歪まされた、ひどく醜い笑顔だった。少女は顔にかかる髪を払いのける。その目には凄惨な憎しみの色があった。ノビは全身が凍りついたように感じる。こんな目など知らない。このような目で見られるような思いなど、一回も、したことがない!
「N、オリジ…… 何言ってるんだよ!? ぜんぜんわかんないよ、しず香ちゃん!!」
「無邪気で愚かなN-original、教えてあげよう。これは貴様が未来にもたらす災厄なのだよ。より正確に言えば、君の子孫…… N-cloneⅠ、そして、N-cloneⅡがね」
 少女はゆっくりと踏み出す。ノビは本能的な恐怖を覚える。思わず、後ずさると、ガラスの欠片が肘を切った。鋭い痛み。意識を明確にしてくれる。嫌でも現実を悟らされる。
 相手の目には、明らかに、『殺意』がある。
 ぼくを殺すつもりなんだ――― しず香ちゃんが!?
「何なんだよっ、しず香ちゃんッ!!」
 その呼び名に、少女は、なんら反応を示さなかった。それどころか、唇の端を歪めすらした。彼の愚かさを嘲笑するように。
「……ふむ。だが、この死に方では、少々具合が悪いな、N-original。貴様だけが殺人では困る。まったく不都合だ。貴様は『事故死』しなければいけない。この小学校を狙った、悪質なテロ行為によってな」
 また、少女が、手をもたげた。
 とっさに、ノビは、体が反応するのを感じた。意識するより早く、横に転がる。頬が切れる。けれど、同時に見た。
 宙に――― 何も無いはずの空中に、『手』が、生まれた。
「な……!?」
 チッ、と少女は舌打ちする。もう片腕を持ち上げる。その瞬間、ノビは、何かが自分の足をつかむのを感じた。そのまま、ものすごい力で振り回される。顔が地面に叩きつけられる――― そして、見た。
 宙から生えた『手』が、足を、つかんでいる!!
「ひ」
 ひたり、と、もう一本の手が、同じように足をつかんだ。力が篭る。逃れようと必死で床に立てた手は、虚しく地面をつかんだだけだった。必死で床を掻き毟る。だが、手は、人間とも思えない、凄まじい力で、ノビを引きずっていく。無我夢中でもがいた手が、何かを握り締めた。ガラスの欠片だった。ノビは、とっさに身体を翻し、その『手』に、ガラスを突きたてた。
 その瞬間、少女が、悲鳴を上げた。 
「くッ!!」
 少女は顔をゆがめ、自分の『手』を、抱え込んだ。
 だが、足をつかむ『手』は消えない。むしろほっそりとしているといってもいいその手。手首よりやや下辺りから、空に溶け込むようにして消えている手。ノビは、信じられない思いと共に、うっすらと理解する。あるいは、理解というには程遠い、ただの、直感というものだったのかもしれない。
 自分の足をつかむこの『手』は、まさか、少女の『手』なのか?
 少女は、また、チッ、と舌打ちをした。その瞬間、『手』はノビの身体を宙へとつかみ上げる。逆さ釣りに。ノビは必死でもがいた。だが、抵抗のしようがない。『手』はがっちりと足をつかんで固定している。半ば天井から吊るされるような形になったまま、ノビは、呆然と少女を見る。
「N-originalが……! 『不活性』のくせに、手こずらせる! くそっ、だから子どもの身体は嫌なんだ」
「なに、言ってん、の…… しず香ちゃん」
「N-original。貴様に罪は無い…… だが、『貴様の存在』は、それだけで災厄だ!」
 少女は憎しみに満ちた顔で、ノビを睨みつけた。
「貴様を消す! そして、おれは…… 平和な未来を取り戻すんだ!」
 ノビは、しばし、呆然としていた。
 彼女は一体、何を言っている?
 『罪』『災厄』?
 ぼくが、いったい、何をしたというのだ?
 ノビの視線がふとずれた。……そして、その瞬間、心が凍りついた。
 廊下に、小柄な少年が、倒れている。
 その、アーモンド・アイズが、吃驚したように丸く見開かれていた。褐色の肌が血にまみれていた―――
 ……そして、その首には、大きなガラスの破片が突き刺さり、大きな血溜まりの中に、彼自身をひたしていた。
 ノビは、声にならない声で、つぶやいた。
 ジャイアン。
 どうしたの、ジャイアン。
 なにをやってるの、そこで? なんで目を開けてるの? その血は何?
 ノビの視線の先に、少女が、なにげなく目をやる。そして、また、にやりと笑った。憎しみで歪んだ笑みを浮かべる。
「……これで、多少は理解できるか、N-original?」
「なんの、こと、なんだよ」
「これが、『災厄』というものだ」
 その瞬間、ノビの頭の中で、何かが、弾けた。
 ノビはぎりっ、と奥歯をかみ締めた。小さな火のようなものが胸の中に点る。それは、この悪夢のような状況の中で、たったひとつ、ノビに許されたもの――― 『怒り』だった。
 なんなんだ、この状況は?
 なぜ、ジャイアンが、死なないとならない?
 出来杉が――― クラスメイトたちが、他の生徒たちが、こんなにも酷い目にあわなければならない?
 その怒りがこみ上げるままに、ノビは、絶叫した。

「誰なんだよ、おまえ!!」

 少女は、ハッとしたようだった。ノビは吼えた。血を吐くように。
「おまえは、しず香ちゃんじゃない! 誰だ、お前!!」
 やや、少女が、呆然としたような顔をした。
 ……ややあって、くすり、と笑みを漏らした。歪んだ笑みを、ふたたび、唇に浮かべる。
「……ほう……」 
 ノビは硬く硬く歯を食いしばる。憎しみに歪んだ表情は、たしかに、自分の知っている少女のものではないと、あらためて確信する。
「さすが、子どもとはいえNシリーズだな。ならばお前はこの状況をどう解釈するんだ、N-original?」
 ノビは必死で考える。彼らは、さっき、なんと言った? 聞いたことも無い無数の単語。状況はほとんど理解を超えている。けれども。
「みんなを、殺したのは、おまえだ……」
「それで?」
 少女が、むしろ面白げに後を続けさせる。ノビは、拳を握り締めた。殺されるかもしれない。その怯えも、恐怖も吹き飛ばすように、腹の底から、声を絞り出す。絶叫する。

「しず香ちゃんの身体をのっとってるのは、お前だ!!」

 その瞬間――― パン、と鋭い音がして、赤いものが、はじけた。
「―――ッ!?」
 少女が、驚愕に顔をゆがめて、耳を押さえた。その瞬間、足を押さえていた『手』が消滅する。音を立ててノビの身体は地面に投げ出された。ノビは見た。少女の額が割れ、赤い血が流れ出していた。足元に落ちていたのは小さな瓦礫の欠片。少女は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに、弾かれたように振り返った。
 キッ、と見上げた視線の先で、誰かが、壁によりかかるようにして、立っていた。線の細い、色の白い少年。血まみれの顔。
「できすぎ、く……」
 彼の手の中には、どこから外してきたのか、細長く裂かれた布のようなものがあった。彼はそこに手にした石を手挟み、勢い良く振り回し始める。ノビは知らなかったが、それは、ありあわせのものでとっさに作られた投石器(スリング)だったのだ。そして彼は、その有り合わせの武器で、間違いなく、少女の顔を狙うことが出来た。信じられない精密さ。
 出来杉は無表情に言った。
「"Neurological Zombie"にも行動原理は存在する」
 彼は、近くに落ちていた鉄の棒を拾い上げる。やや端の方をもって構える。それは、彼がその武器に熟達しているということを知らしめるほどに滑らかな動作だった。気付いた少女が顔色を変えた。その瞬間、出来杉は、叫びと共に、駆け出した。
「すなわち――― 世界歴史の求めるモノ!」
「チッ!!」
 まるで猛獣のようにしなやかな動作で跳躍する。ひといきに自らの手にした棒を、少女へと叩き込もうとする出来杉。それと少女が手をかざすのがほぼ同時。
 その瞬間、ノビは、反射的に、動いていた。
 まるで、『これから起こることを知っているかのように』。
 立ち上がり、地をけり、さえぎろうとする。
 出来杉へと向けられた、少女の、『視線』を。


 ―――そして、すべては、停止した。


 ノビは見た。
 自分の頚椎が砕け、喉が裂け、血が、いましも飛び散ろうとしている。既に飛沫した血の細かい粒が、ビーズのようにきらめきながら、宙に留まっていた。
 頚椎を握りつぶしているのは、『手』――― 少女の『手』。手首より下で消滅している、実在しない『手』。
 狙いは明らかに自分ではなかった。出来杉だった。だが、自分は確かに彼女を妨害した。……どうやって? 理解できない。
 すべてが見える。半ばよろめいた不自然な姿勢の出来杉も、空中で停止しているガラス片も、背後で顔をゆがめ、手を突き出している少女も。
 ぼくは死んだ――― とノビは思った。
 頚椎を完全に破壊されている。間違いなく、死んでいる。
 でも、死んでいるのだとしたら、なぜ、ぼくはものを考えられるんだろう?
 身体は動かない。指一本として動かせないけれど、縛り付けられているのでも、麻痺しているのでもない。痛みも無い。ただ、身体感覚そのものが、すっぽりと抜け落ちている。
 なぜ、時間が停止しているのだろうか、とノビはぼんやりと思った。
 声にすらならない問いかけに、なぜか、答えが返った。……低い、かすれたバリトンが。
「それは、これがお前の『世界崩落体験』が作り出す、イメージに過ぎないからだ」
 ノビは視線を動かせない。けれど、確かにその存在を、『感じた』。
 誰かが立っている。その存在感。おそらく、190cmを超える長躯。鍛え抜かれた全身の筋肉。精悍な顔立ち。そして、まるでプラスチックのような、異様なまでに鮮やかなケミカル・ブルーの髪。
 見たことのある男だった。誰だろうか。
「N-original」
 男は、ゆっくりと歩いてくる。地面を踏みしめる足の強靭さ。その狂いの無い正確さ。
 ノビは男の足音を聞く。正確なリズムを。そこから伝わってくる、猫科の獣のような、しなやかな全身の動きを。
「……俺はお前を『守る』ために、ここに、来た」
 稟、と何かの音が響いた―――
 その瞬間、すべてが、解凍された。

 


『キャラクターと作者が対話するバトン』だそうです。
指定キャラクターは”暗黒童話”シリーズからカスパール。たしかにうちのサイトだと、一番まともに喋ってくれそうな人ではある。ということで回答です。
……こういうお遊び企画は、初体験だなぁ~。ちなみにカスパールの仕様は20歳前後、『黒衣の狩人』モードいうことでお願いします。

 ①お互いの印象は?
カ「外国人ですね、というしか…… あと、実際の年よりも、なんていうか、子どもっぽいですね。失礼ながら。未婚なんですよね? それでも、別に神に仕えているわけでもない」
由「ほっといてください。でもまあ、中世ゲルマン相当世界の人に言わせればそういう評価だろうなぁ。こちらから考えると普通なんです」
カ「そうなんですか。あと、その顔につけてるものとか、服装が珍しいですね」
由「まあまだメガネないしですしねあの世界…… こちらからの印象は、一言で言うと、『アスラン・ザラ』で」
カ「……誰ですか?」
由「気にしないで。君のモデルです。あと、何年前か(『あかずきん』相当)に比べるとすさんだねー、ずいぶん」
カ「……あの、その台詞にはさすがに俺でも怒りますよ? 誰がすさませたと思ってるんですか」
由「ごめんなさい」

 ②気が合いそうなところは?
カ「一見、他人に対して好意的に接するところ」
由「カスパールは基本的に人畜無害なので、何も無ければ普通に会話できそうです。年も近いし」
カ「まあ、何も無ければだけども……」
由「もしも君が変な『命令』でも受けてたら、私は全力で逃げ出しますよ。そもそもそしたら会話してる相手じゃない」

 ③自分の理想を100点とすると何点?
カ「……」
由「可哀想なので君は答えなくってもいいです」
カ「『道具』としての評価なら、85点くらいとユーリウス様が言っていました」
由「あの人にしちゃ最大限の好評価ですね」
カ「ええ、俺もそう思います」

 ⑤あなたの部屋は最速何分で相手を呼ぶレベルまで片付けられますか?
由「今日片付けてたら最低3時間はかかることが分かりました、ごめんなさい。来るんだったら最低一週間前に教えてください」
カ「/……どれだけ散らかしてるんですか。そんなこと言うんだったら、その前に行って、片づけを手伝いますよ」
由「うら若い女性に何を言うんですか。君のその無神経なところは大問題ですよ」
カ「(見て欲しくない部屋を私室にしてる人間が、『うら若い女性』?)」
由「なんですかその目」
カ「いいえ、なんでもないですっ」

 ⑥好きな家庭料理はなんですか?(3つまで) 
由「私は鴨鍋とネギと鳥のスープ、あと、巨大ハンバーグが大好きです」
カ「どれも俺には分からない料理ですね」
由「うーん、君らの世界は食材が乏しいからなあ」
カ「何と比較してるのか分かりませんけど、美味しいものもありますよ。俺は林檎と鹿肉を詰めて焼いたパイとか、チーズを揚げたものとか…… あと、蜂蜜と干した果物を入れたパンが、郷里の名物でした」
由「赤ずきんにもってってあげてたもんね」
カ「ええ。蜂蜜が入ってるんで、お祝いのときしか食べられませんでしたけどね。懐かしいです」

 ⑦炊事・掃除・洗濯、相手にこれだけはやって欲しいのは?
カ「上記を踏まえて、掃除で」
由「やめてー!!」
カ「あの、なんでそんなに嫌がるんですか?」
由「君にはとても見せられないようなもんが散乱してる部屋だからですよ!! じゃあこっちは料理で」
カ「ジャンボハンバーグって何ですか?」
由「それくらいなら君の住んでる土地のモノでも作れるかも。じゃあ、そのうち食べさせてあげますねー(作中で)」

 ⑧無条件で相手に1つだけ願いを叶えて貰えるとしたら?
カ「……」
由「……ごめんなさい、マジ、ごめんなさい(平謝り)」
カ「いや、いいです。では、できるかぎりの範囲でいいから、ユーリウス様や、赤ずきんや、いろいろな人たちが、出来るだけ日々元気に暮らしていけるようにしてください」
由「そこで他人を出すところが君なんだよなあ……」
カ「俺は今のままでいいです、と言わせておいてください。俺自身のためにも。……しかし、この質問は罪作りだなあ、本当に」
由「うう、すいません」
カ「では、俺に出来そうなことは?」
由「君に願いをかなえてもらいたいとは思いませんよー。でも、出来るだけ、何があってもくじけず、強く、頑張ってね! とだけいっときます!」

 ⑨お疲れ様でした。最後に回す人をキャラ付き5人でどうぞ 。
カ「そもそもここを読んでいる人がどれだけいるかが問題ですよね?」
由「うちのサイトはあんまりオリジナルサイトさんと交流が無いからねえ……」
カ「見ていそうな範囲では、誰かいますか」
由「では、二次サイトになりますが、ギリスケさんにディオと。弓月さんに屑さんと」
カ「オリジナルの知り合いっていないんですか?」
由「もしも見ているとしたら、満月乱舞様にガロットさんと。できれば他にもいろいろいるけれど、この範囲で」
カ「よろしくおねがいします(おじぎ)」

・オマケ
由「ところでその堅苦しい喋り方はどうにかなりませんか、カスパールさん」
カ「いえ、もうこれは俺の性分なので…… それを言うならあなたも敬語でしょう」
由「初対面の人には敬語を使う主義なんで」
カ「でも、なぜ俺だったんですか?」
由「……それはしろさんにしか分からないけど…… でも、他の人に出てこられたら、こっちの身が危ないわい」
カ「あの、その発言、そういう人だらけのお話にしか出てこられない、こっちの身にもなってください」
由「すいませんすいませんすいません」


……こんな感じですか、しろさん?
なにかビミョーに苦労性がにじんでるカスパールになってしまった……
作者本人しか楽しくない企画ですけど、けっこう楽しかったです。ありがとうございました!
私に向かって、「由仁子さんってハーフだと思ってた」といったトンチキな知り合いがいます。
いや、私は三代さかのぼっても完全な日本人(しかも祖母はいわゆる三代以上続いた『江戸っ子』である。ちょっとだけ誇らしい)だけども、まあ、見た目だけだったら相手の言うことも分からないでもない。色は白いし、背は171cmもあり、目は二重ですし。でも、もっとその台詞に「しかたないな」と思ってしまう理由が別にある。

実は、私はロシアに、「私と同じ顔の女の子」を見つけたことがあるのです。

高校三年生のときに、私は、2週間ばかりロシアにホームステイしたことがあります。
高校同士が姉妹校で、定期的に交換留学を行ってる、というイベントでした。まあ、向こうが日本語を話せたので、ぜんぜん語学留学的な側面は無かったんですが、ホームステイ先についたときに、周り中の人がびっくりしました。
なんと、向こうの女の子が、私とそっくりだったのです。それも一卵性双生児?ってくらい。
無論私は日本人ですし、ルーツは確かめてないけれども、彼女は一見すれば典型的な白系ロシア人でした。でも二人並べてみると「同じ顔」だったのです……
まあ、彼女とは気もあったし、期間中は仲良くしましたが、周りからは「実は生き別れていた双子だったんじゃないか」とか、さんざん言われました。向こうの家族と写真を撮れば「家族写真を撮ってる」って言われるし。オマケに相手はアニヲタでセーラームーンとかが大好きっていうオチまでついた。こりゃどういう冗談ですか。
純粋に、「単純に似てただけ。偶然」と思うこともできます。でも、実は日本人はシベリア圏の遺伝子を少なからず持っており、その版図はロシアと重なると思うと、とたんに話がややこしくなります。

似たような話で、私の小学校時代の知り合いの話があります。
その子は、日本人でした。両親もふつうに薄い褐色(19世紀のイギリス人に言わすと、ミルクの多いカフェオレ色)の肌に、非常に黒っぽい茶色の髪と目の持ち主でした。
ところが、彼女ら姉妹は、どこからどう見ても「黒人」だったのです。
顔が丸くて、目がぱっちりとしており、鼻はやや丸っこく、唇が厚い。髪の毛は縮れていてチリチリしていて、ほっといたまま伸ばすといわゆる「アフロヘア」になりました。っていうか小学校当時はフツーに「アフロ」だった。
まあ、あんまりそういうことに言及するのは一般的に失礼だとされるので言いませんでしたが、当時から、「なんとなく黒人っぽい……」とは思ってました。でも、姉のほうがアメリカに留学したところ、誰からも日本人だと思ってもらえずに、差別されたしアメリカ人だとしか思ってもらえなくて苦労した、という話を聞いて、ある意味腑に落ちた。あ、やっぱり現地の人に混じってもアフリカ系だったのね、と。

父の話もあります。
父は外資系の仕事をやってるんですが、父の仕事仲間で、「いわゆる普通の日本人」にも関わらず、アジア系の人が集まる会議になると、なぜか韓国人が寄ってくるし、日本人からは英語でしか話しかけてもらえない……って人がいるそうで。
父曰く、「どこからどうみても典型的な韓国人」だそうで。いわゆる「在日」じゃなくて、日本人らしい。でも、肌がきれいで目が細く、えらが張っていて髪がまっすぐ、っていう、「どこからどうみても韓国人」っていう容姿をしているせいで、本場モノの韓国人にまで、同じ国の人と間違われる。

まあ、いかに人種とか民族って概念があいまいかーって話です。
日本人について言うなら、基本的には「かぎりなく交じり合っている二つの人種」がおもな集団を成しているらしいって話を聞きました。数千年単位で交じり合ってるから、もう、遺伝子的に純系のどっちかの人ってのは基本的には見つからないらしい。さらにそこにシルクロードを通ってきた中東系の遺伝子が混じったり、ロシアのほうの漁民をやってたスラブ系が混じったりして、いわゆる『日本人』ってもんが出来上がっているのらしいのでした。

知り合いがクローンについて調べていたので、ふと興味を持って調べてみたところ、アメリカなんかだと「黒人と白人の双子」ってのが生まれたこともあるらしいですね。
まあ遺伝子的にはあまり不思議の無い話で、ようするに、両親共に白人と黒人のハーフであり、子どもが二卵性の双子だった場合、シンプルにメンデルの遺伝学で説明しても、白人と黒人の双子ってのはありうるわけです。ただまあ、肌の色が極端に違うから、本人たちにとってはややこしい事態だろうなあ・・・・・・
逆に、家族みんなが黒人ですーっていう家系同士で結婚し、「どこからどうみても真っ白な子」ってのが生まれてしまい、大騒ぎになるっていう事態もまれにあるらしい。でもこれも遺伝学的に見ればあんまり不思議の無い話で、奴隷制のある時代からアメリカに住んでる『由緒正しいアフリカ系アメリカ人』だったら、どっかで一代くらい白人(アングロサクソン、もしくはラテン)の血が混じってても不思議はありません。っていうか、そう考えないとちょっと無理がある。で、それがうっかりポコッと出てきてしまうと、両親および親族がパニックになるような事態がおこるのです。

あ、ちなみに日本人の特徴として、いわゆる「蒙古斑」ってのがありますが、向こうだとそれがパニックの原因になることもあるそうです。
ようするに、フツーの他民族のベビーシッターをやとったり、事情に詳しくない医者のところに蒙古斑のある赤ん坊を連れて行ったところ、打撲傷と勘違いされて、児童虐待を疑われてしまうっていうね。これ、『先祖がえり』で日系とかのモンゴロイド系の特徴が出たとき、親は困惑するんじゃないだろうか。

しかし、肌の色は黒から白まで存在し、目の色は青から緑、黒まで、髪の色は白から漆黒、巻き毛から直毛まで存在すると思うと、人間ってのはずいぶんと外見的に多様な生き物です。
これ、単純に自然分布に任せてるからこの程度で済んでるけど、もしも人工的に純化を進める、あるいは遺伝子をいじって外見を変化させるようになったら、さらに面白い、っていうか個性的な容姿の人間が出てくるんじゃないだろうか……?
たとえば犬なんかは、チワワからグレートピレネーズまで遺伝子的には同じ生命体で、交雑が可能なわけです。原種である狼が見たら仰天するんじゃないだろうか。こいつらと俺ら、同じ生き物かよ! って。
もしもどっかに宇宙人がいて、人間をペット化した場合、なにか、どんどん面白い容姿のホモ・サピエンスが生まれてくるんじゃないだろうか?
そういう極端にSF的な仮説じゃなくても、もしも人間の遺伝子をいじって外見を操作することが一般的になった場合、人の見た目ってのはどんどん多様化していくんじゃないですかねぇ……
見た目の美醜ってのは、文化的な基準にかなり依存するため、「遺伝子操作の結果、みんな同じ顔」ってのはありえません。ファッションが多様化した国で、みんなが同じ服を着ないくらいありえない。逆に、自由に顔をいじれるようになった場合、みんな「個性化」に走るんじゃないかしら? 流行によってもぜんぜん違う容姿になるようになるだろうし、中には政治的な信条から自分の人種『らしい』と思われている容姿に特化する人々も出てくるだろうし。
極端に小柄なほうが美しい、と思う場合もあるだろうし、極端に太っているほうが、あるいは痩せているほうが美しいと思うこともあるでしょう。逆に、現在だと「醜い」とみなされる特徴が、個性としてもてはやされる場合もあるかもしれない。たとえば乱杭歯とか、禿とか、皺とかね。体毛の濃い・薄いとかもあるだろうし。
ペット化による純化、って言う風に考えると、いわゆる個人レベルの突然変異でしか見当たらない特徴が固定化されるっていう可能性もあります。生存に不利じゃないレベルで珍しいものとしては、陰毛が臀部から腹部まで生えているとか、男性のソプラノとか。逆に現在だと奇異に見られるものとして、無毛症とか、小人症、色素欠乏までが種として固定化されることを考えると…… 何か『家畜人ヤプー』みたいになってきたな(笑

いや、でもヒトって、いわゆる愛玩動物としては、けっこう優秀な素質を持ってると思いますよ?
外見の多様性(観賞用としての面白みがある)があり、群れの動物なので育て方によっては『なつく』可能性が高い。雑食性が高いし、適応力も強いため、異環境での飼育も簡単でしょう。基本的には水と空気、有機物さえあれば飼育可能だもんね。
強いて言えば、問題点といえば、家畜化するには寿命が長すぎることくらいでしょうか…… でも、これも相手との比較によるしなー。
でも、もしもホモ・サピエンスが家畜化された場合、どのような姿の『ヒト』となりうるのか……
たぶん、狼が犬を見て仰天するように、「いわゆる人間」としては奇異な姿の人々になってるでしょうが、純粋にSF的な興味として、けっこう気になります。

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由仁子
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読書・小説
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